これは毛沢東が言った「自らの力を基本とすることを自力更生と呼ぶ。我々は孤立してはいない。帝国主義に反対する世界のあらゆる国や人民はすべて我々の友人である。しかし我々には、自らの力をもって、国内外の反動勢力を打ち破る力がある」といったことがベースになっているのだが、工場なんかにこのスローガンがいたるところに張り出されている。こういった頭だから日本から来たエンジニアに単純に教えてもらうという態度はありえないのだ。これには技術指導するうえで大変苦労した。
この自力更生というふるまいには二つの形態があって、ひとつは、おれたちが自力でやっていることに口を出すなということと、もうひとつは自力でできなくて教えてもらったり、見せてもらったものも最後は自分たちが自力で作ったものであるということである。後者はわかりますよね、コピーです。これについて、当時のエピソードを。
当時、中国には石油化学の技術はなかったので、全部国外からの導入技術によって成り立っていた。従って、ぼくらもアメリカのプロセスラーセンサーと日本のコントラクターのもとに技術指導を行なったわけである。ある日、主要な機器である大きな圧縮機が据付られたのだが、いつの間にか撤去されていた。もちろん日本側に内緒でである。数日間帰ってこないから、プレオペレーションのスケジュールが遅れるはめになる。やっと戻ってきたが、いったい何をしていたのか探りを入れたら、何と驚くことなかれ、機械をスケッチしていたのである。実物から図面を起していたのである。
また、日本の有名メーカの分電盤には最初はもちろんそのメーカのネームプレートが付いているのだが、すぐに消えてわけのわからない中国の文字にとって代わられるのである。当時の中国には特許権なんてないのだから、こんなことが平気でまかり通る。
あの例の北京石景山游来園のディズニー・キャラクターの件も同じですよね。いまだに変わらないのにびっくりした。このようにひとのものをまねしても当然という態度は、ぼくの独断と偏見では、毛沢東時代のゆがんだ自力更生、取り繕い自力更生が生んだ産物ではないかと密かに思っている。
確かに、自力更生精神が最近の中国の急速な発展に寄与している一面はあると思う。よそに頼るのでは、自分たちの力だけで何とかやってやるというのは悪くはない。しかし、明らかにまだ力が及ばないことに対してはもっと謙虚になる必要があるだろう。
毛沢東や四人組が失脚して以来、中国も政治的には随分と柔軟にはなってきているが、根っこのところにまだ、中華共産主義的色合いが残っているような気がする。“反動勢力はわれわれを搾取して手に入れた富を世界一の国家であるわれわれに還元しなくてはならない”こんなことは、現在の国際社会では通用しないのは自明なのだが、ときどきまだそんなことを思っているのではと感じてしまう。