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目線の話

以前「ユーザ目線のBPM」というテーマで連載をしたことがあったが、このとき企業のシステム開発がユーザから離れたところでやられていて、結局できたものが役に立たないものになってしまうので、もっとユーザの立場に立ってシステム開発を行なう必要があるというようなことを書いた。

ところでその目線ということなのだが、昨夜の安倍首相の定例記者会見を見ていて、びっくりした。これまでずっと、何をしゃべるにしても視聴者のほうだけを見つめるカメラ目線でいたのが、昨日は質問した記者のほうを見ながらしゃべったり、時々目をカメラから外したりと、今までと違っていた。しかも、昨日は久しぶりに笑顔も見せていた。

前から、あのどんぐり眼ででじっと見られていると何かキモイし、国民に向かって直接話しかけるようにしたいということだろうけど、かえって、人間味が感じられず、うそっぽい感じがしていた。ところが、豹変したのである。それとあの笑顔から察すると、安倍ちゃんはどうも開き直ったみたいですね。もうなりふりかまわず国民がどう思うとかまわない、あれだけあなたたちに語りかけたのに何も理解してくれなかったのだから、オレのやりたいようにやるだけだ、てな感じになったようだ。

すごいなあ、やっぱ岸信介の孫だけのことはある。国民はばかだから、一時的な気分に流されやすく、いちいちそんなことを気にしていたら“高邁な政治”なんてできない。だから、個々はじっと我慢をして、がんばって美しい国を作ればきっとわかってくれるし、そのときは名宰相ということになる。てなことを本気で考えているようだ。

この間、大関のカド番だということ言っている輩がいることを書いたが(じゃあ、安倍さんは横綱にはなれない器ってことか)、まただれだかが、今回は中間テストだから、期末テストでいい成績をとればいいじゃんなんてことも言っていた。安倍さん自身もそう思っている節もあるような気がする。

結局、安倍さんの目線は、もちろん庶民ではないし、日本のエスタブリッシュのものであり、お坊ちゃんのもでしかない。ある意味、こうしたエリートの目線は、国を司るには必要なものではある、それは私利私欲から離れ、大きな眼で天下国家を論じる目線であるのだが。そういう意味では、一国の指導者にふさわしい人材が少ないことがわかる。本当に日本の行く末に対するグランドデザインを描ける人が出てきてほしい。

これも誰かが新聞に書いていたが、国会というのは立法府なのだから、議員は法を作ることが本来の仕事なのに、行政に対して力を持つことに一生懸命になっていると嘆いていた。グランドデザインというのは、法制度を設計することに他ならないのだ。だから、政治資金規正法も平気で朝礼暮改するような安倍さんの軽さが情けないのだ。

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2007年08月04日 13:42に投稿されたエントリーのページです。

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