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2007年8月 アーカイブ

2007年8月 1日

BPライフサイクル(5)

プロセスの改善

さていよいよ最後のプロセスの改善徒言うことになる。これは、昔BPR(Business Process Reengineering)というやつに近い。当時のBPRはいきなり業務改善のような話だったり、会社全体の大きなプロセスを対象にしたりしていて、何となくついていけなくて消えていった。今またBPMという形でつながってきている。BPMの場合は、プロセスのモデル化をして、そこからかいぜんというアプローチだから以前に比べると地に足がついたことができるような気がする。

ビジネスプロセスは、環境の変化や新しい技術の出現、経営からの要求度など、経営も変化していくのに合わせて、プロセスも進化していかなくてはいけない。そのために重要なことは、現状をよく監視し分析することである。今何が起きていて、どういう問題があるのか、そういったプロセス全体の状況をよくモニタリングすることから始めていく。それを可能にしてくれる機能がBAM(Business Activity Monitoring)である。

また、広くBI(Business Intelligence)もBAMの一種と考えてもいいような気がする。ただ、両者の違いは、リアルタイム的か定期的かということと、対象が事象なのかデータなのかの違いがあるが、そう大きな差はない。両方とも必要なソリューションである。だから、BAMでどこかのプロセスに停滞はないのか、納期に遅れないか、このままだと問題が起きそうだとか、そういった現時点での対処につながる監視を行なうのである。

これは制御に似かよった話である。在庫が切れそうだからアラートを出すなんていうのは制御のレベルである。BAMはもう少し改善につながるための監視であると考える。ただし、どんなプロセスでもBAMの効果が出るとは限らない。そんなにリアルタイムにプロセスを監視していて、瞬時に対応するなんてことをやる業種ってなんなのだろうか。ジャストインタイムのようなことをしているところなのか、よくわからない。

一方、プロセスから生み出されて様々なアクションの結果がデータとなって蓄積されるので、それをBIにより解析し、相関関係あるいは因果関係を探っていくことになる。BIについては、BPMというところからの入り方というより、どんな企業でも大なり小なり、データ解析は必要であり、そこから改善の芽が生まれてくる。だから、データ・情報活用という観点でみていけばいい。

このBAMというのはどうもある程度成熟した企業がやっと取り組めるようになるソリューションであると思う。最初にBPMに取り組んだ会社は、いきなりBAMまでいかずにせいぜい何とか自分たちのプロセスをコントロールすることが大切である。そこで系を安定させておいて、次に問題箇所を見つけ出し改善していくというステップだ。

いずれにしろ、こうした取り組みは不断の努力によって成しとげられるので、Continuous Process Improvement(CPI 継続的改善運動)として地道でいいから自然に続けられる仕掛けが大事になってくる。

2007年8月 2日

相撲部屋からサッカーチームへ

以前、企業のIT化の状況を説明するのに、日本企業の経営が変わる、すなわち日本的系経営の代表格である終身雇用、年功序列、企業内組合、銀行依存などが終焉して、新しい経営スタイルに変貌していくというようなことを前提として話していた。そのとき、引き合いに出したキャッチコピーが「相撲部屋からサッカーチーム」である。

これまでの日本企業は、相撲部屋のように限られた国内だけの内輪の世界で戦っていて、とは言いながら競争しているようでそうではなくみんなで護送船団に守られていたわけです。そんな時代に終わりを告げ、グローバルな戦いを強いられるようになってきた。どこの国のサッカーもワールドカップをめざすようにグローバルで生き残る戦いに変貌したのである。というような意味合いを込めて「相撲部屋からサッカーチーム」という言い方をしたのである。

なぜ、こんな話をしたかと言うと、ニュースで横綱朝青龍がモンゴルで中田英寿と一緒にサッカーに興じる姿が報じられ、厳しい処分を受けたのを知ったからである。そして、この相撲協会の対応も遅いと指摘されている。ぼくも、前から思っていたのだが、外国から力士を入れるのなら、相撲をどういう位置づけにするかはっきりさせる必要があるのに、あいまいなままであったように思う。グローバルなスポーツとしていくのか、歌舞伎のような伝統芸能化していくのか。もし、グローバルなスポーツとするなら、もう少し打つ手もあるだろうし、それなりの変化を許容してかなくてはいけない。しかしながら、相撲協会は旧態依然とした体質のままだし、開かれてもいない。

実はこれと同じような体質が自民党にもある。今回の一連の動きも言ってみれば、相撲のように、内輪の世界しか見えていない。これまた象徴的な言い方で、渡辺行革担当大臣が今回安倍さんが辞任しないことを擁護する意味で、今回は大関の「カド番」だと言った。衆院選挙で負けたら、そのときは大関陥落だが、今回はチャンスをもう一度与えられる場所だったというわけだ。何それってツッコミたくなる。サッカーなんかちょっとでも負けが込んだらすぐに監督は責任をとってクビになるのが常識だ。

またぞろ、内閣改造では挙党一致と称して派閥均衡型の組閣になる。なんかこちょこちょやって決めていくのだろうけど昔に戻ってしまうのではないだろうか。

結局、相撲も自民党もグローバルスタンダードになっていないのである。

ところで、朝青龍のサッカーのうまいこと、びっくりした。やっぱり、あの運動神経があればこそ、そう体が大きくないにもかかわらず横綱が続けられるのですね。

2007年8月 3日

もんたが町にやってくる

あの“みのもんた”がぼくの家の近くにやってくる。このあいだ、あるひとが教えてくれた。いま、家を新築中で、いやまだ基礎工事の段階だけど、確かに豪邸が建つらしい。昔田中絹代が住んでいたところなので、ぼくのうちは4丁目だけど、彼の家は3丁目である。だから同じ町内会だ。

おそらく相模湾や富士山を一望できる絶好地である。今みのもんたは鎌倉逗子ハイランド徒言うところに住んでいるから、そこから比べるとはるかに眺めがいいし、静かである。

ただ、この地は眺めがよくて静かである代わりにものすごく不便なのである。ぼくのうちはいいほうだが、山の中に入っていくと、もちろん商店もないし、バスが走っているだけだから大変だ。以前、作家の永井路子も住んでいたが、老いてきたらこの不便さがたまらないと言って都心のマンションに移り住んでしまった。

嫁はんやばあちゃんとこの話で盛り上がったとき、やはり東京から遠いし、どうしてこんな不便なところに引っ越してくるんだろう、買い物も通勤も大変だしと言っていたので、何を言っているんだ、あのみのもんたでっせ、大金持ちなんだからお手伝いさんや運転手さんもいるかもしれないし、通勤なんてタクシーかハイヤーに決まっているじゃないかと言った。昔テレビでやっていたんだけど、ウチの近くに住む昔からの金持ちには、鎌倉や江ノ島のなじみの魚屋、肉屋、八百屋が毎日届けてくれるのだそうだ。そうです、不便さはお金をだせば解消できるのだ。

ところで、みのさんどこの会社で家を建てるのかなあ。そりゃー「タマホーム」に決まっているでしょう。えそうなの?今度行って見てこよう。

2007年8月 4日

目線の話

以前「ユーザ目線のBPM」というテーマで連載をしたことがあったが、このとき企業のシステム開発がユーザから離れたところでやられていて、結局できたものが役に立たないものになってしまうので、もっとユーザの立場に立ってシステム開発を行なう必要があるというようなことを書いた。

ところでその目線ということなのだが、昨夜の安倍首相の定例記者会見を見ていて、びっくりした。これまでずっと、何をしゃべるにしても視聴者のほうだけを見つめるカメラ目線でいたのが、昨日は質問した記者のほうを見ながらしゃべったり、時々目をカメラから外したりと、今までと違っていた。しかも、昨日は久しぶりに笑顔も見せていた。

前から、あのどんぐり眼ででじっと見られていると何かキモイし、国民に向かって直接話しかけるようにしたいということだろうけど、かえって、人間味が感じられず、うそっぽい感じがしていた。ところが、豹変したのである。それとあの笑顔から察すると、安倍ちゃんはどうも開き直ったみたいですね。もうなりふりかまわず国民がどう思うとかまわない、あれだけあなたたちに語りかけたのに何も理解してくれなかったのだから、オレのやりたいようにやるだけだ、てな感じになったようだ。

すごいなあ、やっぱ岸信介の孫だけのことはある。国民はばかだから、一時的な気分に流されやすく、いちいちそんなことを気にしていたら“高邁な政治”なんてできない。だから、個々はじっと我慢をして、がんばって美しい国を作ればきっとわかってくれるし、そのときは名宰相ということになる。てなことを本気で考えているようだ。

この間、大関のカド番だということ言っている輩がいることを書いたが(じゃあ、安倍さんは横綱にはなれない器ってことか)、まただれだかが、今回は中間テストだから、期末テストでいい成績をとればいいじゃんなんてことも言っていた。安倍さん自身もそう思っている節もあるような気がする。

結局、安倍さんの目線は、もちろん庶民ではないし、日本のエスタブリッシュのものであり、お坊ちゃんのもでしかない。ある意味、こうしたエリートの目線は、国を司るには必要なものではある、それは私利私欲から離れ、大きな眼で天下国家を論じる目線であるのだが。そういう意味では、一国の指導者にふさわしい人材が少ないことがわかる。本当に日本の行く末に対するグランドデザインを描ける人が出てきてほしい。

これも誰かが新聞に書いていたが、国会というのは立法府なのだから、議員は法を作ることが本来の仕事なのに、行政に対して力を持つことに一生懸命になっていると嘆いていた。グランドデザインというのは、法制度を設計することに他ならないのだ。だから、政治資金規正法も平気で朝礼暮改するような安倍さんの軽さが情けないのだ。

2007年8月 5日

格差をなげく前に

最近のニュースで、横浜市の職員のなかに学歴を詐称したものが700人もいたというのがある。普通は学歴詐称というのは、どこかの選挙候補者にもいたように、高学歴側にウソをつくのだが、今度の場合は、その逆で大学卒を高卒と偽って、学卒では採用してくれない技能職についたという。この話を聞いたときやっぱりかと思った。

というのは、別のエントリーで実業高校の衰退のことを書いたからである。昔は、工業高校や商業高校にいく子が多くいて、その子らが世の中の技能職のレベルを保持してくれていた。ところが、生活が豊かになるととともに、皆こぞって大学に行きだしたので高校から社会にでていく人たちが減ってしまった。そしてその子らはどこへ就職していったのだろうか。企業は、総合職と一般職と分けて採用するから、大学を卒業したはいいが総合職で就職できない子らができることもありうると思ってもいたので、横浜市の例は、ああそういうこともあるなと納得がいったのである。

こんな例を見聞きすると、格差というけどいったんどういうことなんだろうかと考えさせられる。どうも十把ひとからげにして言っているようでよくわからない。究極的には個人の経済的な格差を言っているだけで、そういう意味ではいつの時代にもあったことで、どこに位置している人たちがお金がなくて困っていて、それが多いか少ないかということに帰結する。

それは、社会の構造をどういうものにするかというフレームワークをデザインした結果として、今のような状況、例えば都市部への富の集中、地方補助金の削減、非正規社員の増加等々を皆が了解したのかということがあいまいで、知らない間に自分はそれこそ貧乏くじをひかされたと思っているのだ。

だから、今回の選挙でああいう結果になったのだが、どうも現象論として議論しているだけで、社会構造論としての議論ができていないような気がする。いまの状況は小泉内閣のときに行なった構造改革の負の遺産だと言うけど、そういう批判ではまた時代逆行パターンの繰り返しになる。

問題の本質は、小泉純一郎が唱えた構造改革のように、“自民党をぶっ壊す”といったように、ただぶっ壊すだけではなく、一番大事なのは自分たちの国を構造化するということである。

どういうことかというと、政治でも経済でも、また社会の仕組み、都市と地方の関係、教育のあり方などなど、どんな形のものにすべきなのか、したいのかを明らかにし、そしてコンセンサスを得て、その形と今の形とのギャップを埋めていく、そのためには、痛みを伴うものも出てくれけどそれはみんなで我慢しよう、というのが真の構造改革というものだ。

構造化もできていないものに対して構造改革というからおかしくなる。これからでもいいからまっとうな議論をしてほしいものだ。

だから、先に出した横浜市の例でもわかるように、いびつな構造になっているから、ひずみとしておかしな現象が現れてくるのだ。さらに、地方の問題にしても、すぐにシャッター通りの絵をみせて、また公共事業がめっきり減ったので仕事が激減したと嘆かすよりも、自分たちで知恵を出して自力で何とかする気概が必要であることを訴えるべきだ。

東京の大学に行ってもろくに勉強しないなら、地元でもっとやることがあるような気がする。ヒントは都市と地方の格差がないネット社会となかよくすることではないでしょうか。

2007年8月 6日

久しぶりに梅田さんのブログから

もう2週間くらい前になるが、梅田望夫さんのブログに次のような記事が出ていた。

最近私が痛切に感ずるのは、特に英語圏のネット空間が「パブリックな意識」にドライブされて進化していることである。むろんネット空間は言語圏を問わず玉石混淆の世界なので何から何まですべて良いということはあり得ない。しかし英語圏では、大学や図書館や博物館や学者コミュニティなど、知の最高峰に位置する人々や組織が「人類の公共財産たる知を広く誰にも利用可能にすることは善なのだ」という「パブリックな意識」を色濃く持ち、そこにネットの真の可能性を見出しているように思えるのだ。その感覚が日本語圏のネット空間には薄い。 ・・・ 最近の私の深い危惧は、このまま十年が経過すると、ありとあらゆる分野の「学習の高速道路」が英語圏にのみ敷設され、英語圏に生まれ育つことの優位性が今以上に増幅されてしまうのではないかということだ。 ・・・

新潮社「フォーサイト」誌に載ったものを転載している。相変わらずの梅田さんのオープンマインド志向で相槌を打つのだけれど、ぼくも同じような危惧を抱いている。ただ、ITの世界は比較的英語に対する抵抗感がない。むしろ、全部英語で発信されたものがもっとも先端を走っているわけだから、英語でウォッチしていないと乗り遅れてしまう。

先日も、ある海外のソフトウエアの日本語マニュアルを読んでいて、うーんよくわかんねーやと言ったら、そばにいた社長(息子)に英語のやつを読めばと軽く言われてしまった。まあ、確かにオープンソースのものなどは英語で見なくてはいけないし、「パブリックな意識」にもなっているから、ここの領域では心配はないかもしれないが、学問の領域などは日本はまだまだ遅れているようだ。

この言葉の問題もさることながら、「日本人の行動規範」の方にも問題があるような気がする。以前ブログに山岸俊男の「安心社会から信頼社会へ」という本について書いた中でも触れたように、ネット社会の到来で日本型システムが崩れてきているが、それがいい方向に進んでいるとは思えない。このことについては、梅田さんのブログに対するコメントにうまく書かれていたのがあったので引用する。

私も梅田さんと全く同じ事を考えていました。一言で言うと、「もったいないなぁ」と。意識的にか無意識的にか、日本人はネットを、言うなれば、歩いていて襲われても仕方ない「暗い夜道」、ないし、アンダーグラウンドな世界として使うことを今のところは選択したと思います。 そこでは、どんなことも好き勝手に言える「自由」はありますが、「規律」や「公共」という要素はほとんどありません。そして、知の最高峰に属する人達は、むしろネットとの距離を強め、以前にもまして、専門家の世界に閉じこもり、アメリカのように講義を公開するといった動きはほとんど見られません。

私はネットに一つの夢を見ていました。それは、ネットを通じて最高峰の知性に誰もが低コストで触れる事ができ、自らを高めていく事ができる、そんな世界でした。文章よりも人の話というのは、敷居が高くなく、また、誤解される可能性も小さくなります。例えば、歴史に興味を持っている人が、一流の学者の講義に無償で触れることができ、自らの世界を広めることができる。そして、聴講者の側からも真摯なフィードバックがあり、時には、専門家の側が目を開かされることもある。そんな、知のアリーナ(空間)、対話のアリーナがネットにできる可能性があると私は思っていました。現に、英語圏ではそういう世界ができつつあります。

それに対して、日本では、使い方によっては多くの人に成長の機会を極めて低コストでもたらせるネットという壮大な知的装置を、ネガティブな空間として使う事を今のところは選択してしまったように見えます。日本人の行動規範は自らの内にあるのではなく、「人から見られているかどうか」、「周囲からどう見られるか」で決まるということが社会心理学の世界で知られています。自らの中に行動規範がある訳ではない日本人の負の側面をネットは引き出し、ネットはリアルとは全く異質の空間になり、両者は英語圏と異なり、分断されている側面が非常に強いままです。

少し長くなりましたが、ここで言っている意見がぼくが思っていることを的確に表現してくれている。ぼくの友達でブログを書いている人がいるが、その人が「ぼくはブログには悪口を書かないことにしている」と言われ、はっとしたことがある。誹謗中傷的なことを書いて何になるんだ、どんな意味があるんだ、ということだ。

ぼくの経験でも自分のブログに変な書き込みがあって気持ちが落ち込んだこともあったし、いろいろなサイトで読むに耐えない誹謗中傷があったりして嫌な気分になることもある。どうしてこうネガティブな方向に行くのかとがっかりする。

いずれにしろ、日本が英語圏から取り残されてしまうリスクを何とかしなくてはいけない。これはどの分野においても、いまやたやすく最高峰の知性にアクセスできることを若い人たちに早く体験させ、訓練することではないでしょうか。ただし、それには、最高峰の知性を知りたい、感じたいと思う強い気持ちがなければできないことを教えなくてはいけない。

2007年8月 7日

激動の年 - チャイナばなしその1

これから、昔の中国のことについて書こうと思う。最近、オリンピックのことや、汚染食物やコピーのことなど何かと関心が高くなっている。そういったニュースに接するたびに、ああ昔と何も変わっていないなあとか、ずいぶんと様変わりしたものだなあとか感ずることが多い。そこで、記憶をたどりながら当時のことと今を比較してみようかと思う。

ぼくは、1976年3月から7月までの約4ヶ月間、中国で働いていたことがある。北京から南西60kmくらいのところで、実質中国史上はじめての石油化学プラントの建設と試運転にスーパバイザーとして派遣されたのである。1976年というのは、あの田中角栄が中国に行って国交を回復したのが1972年だから、それから、たった4年しかたっていなかったので、ほとんど日本人もいなかったし、ほんと中国は貧しかった。

また、この1976年というのは、中国にとって激動の年であった。周恩来の死の追悼から始まった「天安門事件」が4月に起こった。若い人は「天安門事件」というと1989年に起こった民主化運動を指す場合が多いが、ぼくの中では、1976年の第一次「天安門」事件をいう。このとき北京の近くにいたのだが、全く事件は知らなかった。一週間遅れてやってきた日本の新聞を見て始めてわかったのである。

この天安門事件で鄧小平が走資派と言われて失脚してしまった。工場には走資派という字が大きく掲げられ、鄧小平が言った「白い猫も黒い猫も鼠を取るのがよい猫だ」と言ったことが毛沢東の怒りにふれたと、まことしやかに聞こえてきた。ぼくらは、日本という全くの資本主義の国からやってきたわけだから、おれたちも走資派だよなあと言っては首をすくめたものだ。

さて、この年はほんとの激動の年で、まずぼくが7月に帰ったときに東京駅のホームで手に取った新聞で腰を抜かしそうになった。そこには大きく“田中角栄逮捕”とあった。周恩来とマオタイ酒で乾杯したあの田中角栄がロッキード事件で逮捕されたのである。

そして、ぼくが日本に戻ってすぐに唐山地震という大きな地震があって、まだ残っていた人はしばらくはテントで生活をしていた。その後の9月に毛沢東が死んだ。その直後、文革堅持を主張する四人組(江青、張春橋、姚文元、王洪文)と政権を担当する華国鋒が対立し、10月に四人組は逮捕される。

というように、1966年の紅衛兵結成から始まった文化大革命の終焉の年に居合わせたことになる。その年から中国は失なわれた10年をとり戻すべく、ものすごい勢いで突っ走るのである。ぼくはそれから5年ごとくらいに3回北京を訪れている。これから、いろいろなことを思い出しながら書いていくが、初回は1976年という節目の年のことを書いてみた。

2007年8月 8日

経済学的思考のセンス

タイトルと同じ「経済学的思考のセンス」(大竹文雄著 中公新書)を読む。ぼくは、おもしろそうな本を見つけるのにブログで書評を書いている人の記事を参考にしている。その中に、橋本大也さんというITビジネスをやっているひとの「情報考学」というブログがあって、ここに載っている本の紹介をチェックしていて、最近この本について“とにかく面白い視点が満載で一気に読めた”と書いてあったので早速手にした。

内容は経済学的思考によって身近にある格差について論じている。ちょっと前に格差について書いたのでタイムリーな内容であった。いままで、モヤモヤしていたことがずいぶんとはっきりした。前のブログでは、格差を感じている人は一体だれなのかということと社会構造をどう設計していくかがないといけないというようなことを書いたが、まさにそれに対する答えが載っている。

まず、所得格差拡大の実感は、所得格差の統計と整合性があるのかと投げかけていて、実は様々な統計があるが気をつけないといけないと言っている。このあたりは、前に書いた「データはウソをつく」という本のことと一緒で、例えば、公的年金所得を含まない「当初所得」は適切ではないとか、単身世帯を除くと不平等度が低めに算出されるとかとなる。そして、世帯人員を調整して日本の不平等度を計算すると、95年以降はほとんどその上昇はみられないのだそうだ。

ということで、世帯形態の変化の影響が大きいのだ。たしかに80年代には4人世帯が最も普通だったのが、90年では2人世帯が最も多く、次いで単身世帯となっている。世帯規模が変化すると、世帯所得の不平等度と人々の生活水準の格差の間に乖離ができる。例えば、年収300万円の75歳の親、年収1000万円の50歳の親、年収400万円の20歳の孫がいたとすると、年収1700万円の世帯ということになる。ところが、親の年金が増えて年収400万円になったので独立し、孫の年収も500万円に増えたので単身生活を始めたといった状態になるとそれぞれの個人のレベルでみると豊かになっているにもかかわらず、世帯で測った所得では低所得世帯が増加しているように見える場合がある。

さらに、女性の働き方も変化してきている。低所得男性の配偶者は、生活水準を高めるために共稼ぎをし、高所得男性の配偶者は専業主婦になるというのが一般的であったのが、高所得男性の配偶者も高所得を得て働くというケースが増えてきた。

こうした多様な変化要素を考慮した見方が必要であるが、実は所得の不平等度は真の所得格差を反映しないのであって、最も優れた指標は、消費水準の格差であるそうだ。アメリカなんかは所得格差が大きいにもかかわらず消費格差が少ない。ところが、日本の所得格差の拡大は、消費格差の拡大と同時に発生している。同時に拡大させる要因があって、それは人口高齢化と世帯構造の変化なのである。

「全国消費実態調査」1979~99年二人以上世帯に関する年齢別の不平等度(ジニ係数)をみると、
(1) どの年も若年層よりも高齢者層の間での年齢内格差は大きい
(2) 79~94年非常に安定的
(3) 99年の不平等度はそれ以前と異なっていて、若年層が高く、高齢層で低くなっている

日本では、格差は90年代に盛んに言われるようになったが、統計的に見ると日本の所得格差が大きく上昇したのは80年代であって90年代ではないのだ。80年代の格差拡大の最大の理由は高齢化、もともと所得格差の大きい高齢層の人口に占める割合いが上昇したのである。90年代には高齢化がおさまり、また年金制度の成熟化で格差は縮小している。

こうした最近の若年層の格差拡大の原因は、フリーターの増加、少子・低成長化にともなう親からの相続や贈与の影響の増大があげられる。要するに、現時点での所得不平等だけではなく、遺産相続を通じた所得や将来賃金という将来所得の格差拡大を反映しているのである。

また、2002年のアンケート調査で、所得格差を実感しているひとは、貧困者・ホームレスの増加を認識しているひと、若年層より中高年齢層、高学歴層、失業不安をもっているひと、つまり、中高年を中心に成果主義的な賃金制度の導入による今後の賃金格差拡大予想や、失業・ホームレスの増加が、人々に格差拡大を実感させているというわけだ。

所得格差についてだいたいつかめたのでないでしょうか。じゃあ、この格差をなくすためにはどうしたらよいのか。あるいは、格差があったっていいじゃないかと考えられるのかなどについてまたあとで書くことにする。

ちなみに、著者の大竹さんは「経済学的思考センス」のあるひととは、インセンティブの観点から社会を視る力と因果関係を見つけ出す力をもったひとと定義しています。さて、皆さんは「経済学的思考センス」がおありでしょうか?


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2007年8月 9日

キミはバリー・ボンズを見たことがあるか

サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズがハンク・アーロンの持つ通産ホームラン数755本の大リーグ記録を塗り替えた。薬物使用疑惑があるので、いまいち盛り上がりに欠けるが、すごく偉大な記録である。

薬物使用疑惑について昔一緒の球団にいたこともあるロッテの監督のバレンタインが「昔はルールもちゃんとなかったので、どこまで許されて、どこまで違反なのか明確ではなかったのでしかたがない。投手だって、薬物を使用していたんだから、ボンズはそんな投手をも打ち砕いてきたのだから、薬物使用疑惑があっても立派な記録だ」というようなことを言っていたが、ははあやっぱり薬物使ってたな。

ところで、ぼくはかなり前になるが、サンフランシスコのパシフィックベルパーク(今はAT&Tパークという)で実際にボンズのプレーを見たことがある。その試合は、シカゴ・カブスとの一戦でカブスには、あのサミー・ソーサがいた。希代のホームランバッターが二人揃った試合にいたなんて幸せ者です。残念ながら、二人ともホームランを打たなかったが、今もそのバッターボックスに立っている姿が目に浮かぶ。

実はこの野球見物には面白い話があって、あまり大きな声では言えないのだがもうずいぶん前だからいいだろう。サンフランシスコには遊びに行ったわけではなく仕事で3日くらい滞在していたのだが、仕事も一段落して時間がとれたので急遽野球でも見に行こうとなった。

それで、インターネットでチケットを買おうとしたが全てSoldOutなのだ。じゃ、球場の売り場で直接買おうということで出かけた。ところが、球場の売り場も売り切れである。試合はもう始まっているような時間だから、売り切れはあたりまえかもしれない。しかたなしに、しばらく、周りを歩いたり、ショップを見て回ったりしたが、とりあえずゲートに行ってみようとなった。

そうしたら何とゲートが開いているのだ。いや、正確に言うとゲートを開けておじさんが見張っているだけなのだ。向こうの人は、けっこう早い回に帰ってしまう人もいて、そういう人たちがそこから出てくる。しばらく見ているとゲートが広いのでおじさんは見ているようで見ていないことがわかった。

さてどうしたか。仲間3人とこりゃ知らん顔して入ろうと相談がまとまり、意を決して滑り込んだのであります。その後は自由だから、空いている席に座ってポップコーンを片手にビールで“打て打てボンズ”とやったわけです。これはここだけの秘伝「メジャーリーグをタダで見る方法」です。

2007年8月10日

マナー - チャイナばなしその2

一昨日は、北京五輪のちょうど1年前ということでイベントが盛大に行なわれていた。中国では大掛かりなイベントは何かにつけて天安門広場で行なわれる。日本の皇居前広場では催物は行なわれない。時の為政者が天安門に立って、その広場に群がる無数の民を見たら気持ちいいんだろうな。

それはそれとして、今回はマナーの話をする。五輪を控えて中国人のマナーが問題になるので、国をあげて改善に取り組んでいる。その、マナーの悪さの代表的なものとして四つあって、彼らは疫病と言っているらしいが、それは、「喫煙、唾吐き、列への割り込み、ののしり」だそうだ。

これを聞いたとき、ああ全然変わっていないなあと思ったのである。昔もこの4つのマナーの悪さは辟易ものでした。

人前でぱかぱかたばこは吸うわ、灰はぼろぼろ落とすわ、吸殻はポイ捨てだし困ったものだ。唾吐きはいたるところに痰つぼが置いてあるんだけど、おかまいなしにペーっとやる。気持ち悪いのだ。列の割り込みは、彼らには並んで待つという習慣がない。だから、人のかたまりがあるだけで線にはならないのだ。

ののしりは、ちょっと街中を歩くと必ず誰かがけんかしてわいわいやっているのに出くわす。よくあったのが自転車と歩行者の衝突で、人の群れに平気で自転車が突っ込んでくる、歩いているほうは命がけだ。そこで、ぶつかると、そりゃすごいものです。お互いに力いっぱいののしりあうのです。最初は、中国語もわからないし、早口できいきい言うもんだからびっくりしていたのだが、それがしょっちゅうあるので、そのうちまたやってらあという感じになっていく。

中国人の気質に何があっても自分は悪くないというのがある。だから、もう自分を正当化するためにうそでもなんでもいいから屁理屈を並べ立てて、お前が悪いと主張するのだ。これには、仕事のときも悩まされた。何かミスしたり、忘れたりしてトラブルが起きて、明らかにそいつがやったことなのに、いや私は間違っていないと突っぱねるのだ。

そのときは、いくぶん文化大革命の影響があって、自分の非を認めたとたん反乱分子として糾弾されるような雰囲気を反映しているのかと思ってみたが、いまもあるということはもともとの気質なのだろう。そうなると、直すのは難しいのではないだろうか。

日本人だって昔は4つのマナーもよかったわけではない。でも最近はずいぶんとよくなってきている。なぜだろうか。ひとつには経済的な豊かさによる余裕があるからではないだろうか。人間は気持ちにゆとりというかゆったりとした気分になれると、自然とマナーもよくなるような気がするが。

2007年8月11日

さて、格差をどうしよう

前回「経済的思考のセンス」を読んでのエントリーで、どうも今の日本は、高齢層での格差は縮小しているが、若年層を中心に一時的な所得格差のみならず、成果主義的な賃金制度などによる生涯所得のさらなる格差拡大が起こっており、失業・ホームレスの増加をみて人々が格差拡大を実感していることを指摘した。

そうなると、この状況をどう改善していったらいいかということになる。政府に何を望むのかといってもいい。社会制度や構造をどう再設計していくのかである。税制や社会保障を通じて所得格差を小さくすることをめざすのかどうかだ。今回参院選挙のマニフェストを見ると民主党は若年層を優遇し格差是正を図るといっているが、そこには弱者救済のための負担をだれがするのかという大きな問題が横たわっている。小泉路線の小さな政府に対する大きな政府を主張しているように見えるが、さて本当にできるかどうかだ。

まずは国民負担率を引き上げるのか、形を変えていくのかしていかないとできない。国民負担率というのは、GDPに対する租税と社会保険料負担の合計の比率である。ただ租税はある意味負担ではないが、問題は公的年金保険料で、年金は積立方式ではなく賦課方式だから、高齢化が進展する中では若い世代にとって純粋の負担になる。ここが問題なのだ。

事実、日本の個人所得税負担は低下してきている。それでも増税感を感じるのは、社会保険料が継続的に引き上げられてきたからである。減税は累進度の低下を中心に行なわれ、事実上比例税である年金保険料が引き上げられてきたことで、日本の租税体系は所得再配分機能を弱めてきた。デフレの継続で所得があまり上がらないなかで、社会保険料の引き上げが続くと、低・中所得者は増税感を感じる。こういうことなのだ。しかも、構造改革で格差を拡大する政策をとってきたのでニ重に効いているのだ。

著者の大竹さんは、具体的な対応策として、公的年金の再分配部分と所得比例部分を明確に分けることを提案している。所得再分配の役割を果たしている基礎年金の部分は、累進所得税と消費税を中心にした租税で負担し、年金給付の所得比例部分のみを保険料でまかなうかたちである。なるほど、いま消えた年金で大騒ぎだけど、こうした制度設計の見直しを大いに議論してほしい。

また、非常にいいことを言っていて、「真の国民負担」というのは、税金が課せられることで、勤労意欲が低下することから発生するのであるから、いま、高額所得者の税率引き下げによる勤労意欲の上昇効果と社会保険料引き上げによる中・低所得者の勤労意欲低下効果のどちらが大きいのかと問いかけている。

おそらく、その答えは、お金持ちが税金が高いからといって勤労意欲を下げることより、中・低所得者の増税感による勤労意欲の低下のほうが影響が大きいのであろう。勤労意欲の低下という「真の国民負担」を最小にすることこそが、税制改革・社会保障改革に求められる。

それと大きな議論のイシューとして、機会の不平等や階層が固定的な社会を前提として所得の平等主義を進めるべきなのか、機械均等をめざして所得の不平等そのものを気にしない社会をめざすのかがある。

こうした議論が、自民党と民主党で行なわれることが期待される。そしてどっちに軸足をおくのかといったスタンスの違いで2大政党体制になるというのがいいのではないでしょうか。
ということで、この「経済的思考のセンス」は非常に勉強になった一冊であった。

2007年8月12日

Web2.0のビジネスルール

Web2.0という言葉はポピュラーなものになって、それに関する本も数多く出版されている。しかし、技術解説本やサイトビジネス本の類が多く、開発に関し概観するような本は比較的少ない。

今うちの社長とWeb2.0の技術を活かしたビジネスシステムのテンプレートをつくっているのだけれど、そのテンプレートを使えばユーザがコードレスで開発ができてしまうという、自画自賛的に言えば、画期的な技法になる。そうした方法論について記してある本はないし、まだだれもやっていないと思う。

それで、「Web2.0のビジネスルール」(小川浩・後藤康成著 MYCOM新書)を社長がもっていたので借りてきて読む。まず、このビジネスルールという言葉がくせ者だ。章立てから書いてある内容を見てみると、事業創造編、ブランディング編、開発モデル編、オペレーション編から成っている。だから、Web2.0的企業を起すにはというビジネスモデルについてがあって、ブランディングでは、だれにどう見られたいかの工夫のことが書かれ、あとは、開発・運用のような話である。

こうしてみてみると、ビジネスルールといって対象にしているビジネスが皆違うことにお気づきだろうか。事業創造編では、ベンチャー企業を対象にしている。ブランディング編では、従来型のマーケティング戦略からWebを使ったものにシフトしていく話だから、対象は既存企業である。開発・運用は、SIベンダーやソフトハウスが中心である。

だから、括りが大きすぎるのだ。あれやこれやと拡がってしまって何を言いたいのかわからなくなってしまっている。しかも、本の帯には「進化したWebを仕事に活かす実践的アプローチ!」と書いてある。ええ?これホワイトカラーの人が対象なのとツッコミたくなる。

ただし、最初に言った開発方法論について参考になる記述もあったし、Web2.0の全般的な解説としてはわかりやすいので、まあまあ役に立った本ではある。


Web2.0のビジネスルール (MYCOM新書)
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  • 小川 浩 後藤 康成
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    • 5 意外にも地に足のついた内容
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2007年8月13日

お盆だ!

ついにお盆に突入だ。

わが家のお盆は、昨日12日に仏壇にお飾りをして準備するところから始まる。今日はお墓に行って、きれいに掃除をして、花とお線香をあげる。お墓は鎌倉の材木座にある妙長寺というお寺の境内にある。わが家は、南妙法蓮華経の法華経である。

そのお墓に行って先祖の霊を背負って帰るのである。その役目はぼくで背中につけて家に戻る。そうすると、家の玄関で迎え火をたいて迎えてくれる。そこで家の中に霊を入れるのである。

そして、16日の送り火まで家の中で一緒に過ごすことになる。

ということで、お盆中はこのブログもお休みです。

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2007年8月16日

盆が終わる

今日16日は、朝早く送り火を炊く。そのあと盆の飾りを片付けて盆が終わる。

ぼくはそのあともうひと仕事待っている。妙長寺の施餓鬼法要に行ってこなくてはいけない。毎年16日の午後2時から行なう。そこに行って、終わったら塔婆をもらい、それをお墓に持ていき、古くなった塔婆を交換するのである。新盆の人は、本堂に入ってお経を聞くのだが、みな喪服である。今年のこの暑さだと太変なことになる。

例年まじめにお経が聞けるくらいに行くのだが、さすがに今年はちょっと涼しくなっていこうとなった。それでも車では無理なので自転車でいく。もう汗びっしょりである。

だから下の写真は、みんなが帰ったあとの境内の様子である。

ああ、ことしのとんでもない暑さは送り火とともにどっかに飛んでいけ!


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2007年8月17日

まあだいじょうぶだろう体質

「白い恋人」が汚れてしまった。賞味期限を延長して販売したうえ、アイスクリームなどからも食中毒の原因となる菌や大腸菌群を検出しながら隠していた問題が発覚した。

何と賞味期限延長は十年以上にわたって行われていたという。しかもそれを社長も知っていたというからあきれてしまう。賞味期限の延長については、おそらく、社長以下はこうして問題が明るみにでるまでは、そんなに悪いことをしているという意識がなかったのではないだろうか。

賞味期限というのは、法で決められているわけではなく、社内規定で決められるものなので、4ヶ月のものを6ヶ月にしたところで、最初から6ヶ月にしておけば売れるわけだから、たいしたことはないと思っていたにちがいない。賞味期限を多少延ばしたところで腐るわけではないし、品質が劣化することもないからと思っていたのだろう。

これは内部告発により判明した不祥事であるが、社内では黙殺されたらしい。そうですよね、社長も知っている悪事は社内で取り上げることはありえない。こういうケースでは社内に向けての告発は無理だが、そうではなくても社内で取り上げてくれて、それを外部に公表するのは非常に難しいようだ。昨年、「公益通報者保護法」というのができて、内部告発者の解雇や減給などから守る仕組みができたのだが、経営者が聞いてくれなかったら外部の機関に告発することになってしまう。

結局、「白い恋人」は売れ残った商品を捨てずに売った利益よりはるかに高い代償を払うことになってしまった。これは、経済合理性からみて、賞味期限延長行為が損になることを予見できなかったのだろうか。それと、不二家などの不祥事のときに自分たちの足元を見直さなかったのだろうか。

いずれにしろ、人間誰しももっている、まあこの程度だったらだいじょうぶだろうという緩みが、一回それでだいじょうぶだと、またやってもだいじょうぶだろうとなり繰り返される。しかも罪の意識が薄れていくというパターンが、日常的かつ組織的に行なわれていったのである。

で、こうした淀みを防ぐにはどうしたらいいのか。ひとつは、情報開示を行い、そこにアクセスできる人を多くすることではないだろうか。もうひとつは、組織の要員を固定化しないことだ。人を入れ替えるのだ。

しかし、これって違法になるのかなあ。賞味期限の延長は、いったん消費者に示した期限を書き換える改ざんとは異なり、違法行為ではないはずで、そうなると、賞味期限が6ヶ月であることの科学的な裏づけが問題になるのだろうか。でもそれを証明するのは難しい。

え、ということは、おそろしいことに、消費者はメーカが勝手につけた賞味期限を信じて、商品を買っているというわけ。賞味期限に余裕を持たせるメーカもあるだろうし、ぎりぎりに設定するメーカもあるということなのだ。おっと、そっちのほうが心配になってきたぞ。

2007年8月18日

アサッテの人

第137回芥川賞が諏訪哲史の「アサッテの人」に決まった。群像新人賞も受賞しているのでダブル受賞は村上龍以来30年ぶりなのだそうだ。

その、村上龍は芥川賞の選考委員であるが、今回の受賞作については、石原慎太郎ともども推していなかった。この二人は前回の青山七恵の「ひとり日和」は絶賛していたので、気が合うお二人のようだ。

一方、「アサッテの人」を評価していたのは、川上弘美、小川洋子、山田詠美といった女流作家であった。前二人は今回から新たに選考委員に加わった。青山七恵を推す男性選考委員と諏訪哲史を推す女性選考委員という構図は何となく面白くないですか。

作品は“ポンパ”とか“タポンテュー”だとかわけのわからない言葉を発する作者の叔父のことを書いたものである。その書き方は叔父の日記や小説の草稿などを並べて構成したもので、少々変わった小説仕立てになっている。

こういうものは、いままででもあったようでそう目新しいものではないようだが、むしろ奇をてらったとしても、内容的にはそう難解な表現で書いてあるわけでもなく、割と重厚な、本来の純文学であるように思える。言葉で表現することが小説であるが、その言葉がわけのわからない“アサッテ”の言葉で作品の意味を伝えようとしている。この逆説的な表現により、現代の言葉によるコミュニケーションの難しさを感じることができるというとちと大げさか。

でも、選考評で石原慎太郎が、もう書評までいかなくてタイトルが気に食わないと吼えていた。今回の候補作の題名が、「アサッテの人」、「オブ・ザ・ベースボール」、「わたくし率 イン 歯ー、または世界」、「主題歌」、「グレート生活アドベンチャー」、「アウラ アウラ」とくりゃ確かにわけがわからないや。でも、その中では「アサッテの人」はいいんじゃないですかねえ。


アサッテの人
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  • 単行本 / 講談社 (2007/07/21)
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    • 5 凡庸とアサッテは背中合わせ?
    • 4 「チューリップ男」が光る
    • 4 私の叔父の話なんですが…
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2007年8月19日

人命 - チャイナばなしその3

いま、五輪のメイン会場となる「鳥の巣」というスタジアムの建設が急ピッチで進められているが、そのため大量の労働者が動員され、危険な作業についているようだ。

まだ、中国は、というか途上国の常として、安全衛生、保安、公害とかいったことに対する配慮はとりあえずおろそかにする。工事で転落して数人が死んだようだ。公表していないので本当かどうかわからないが、おそらく死亡者が出ているのはまちがいないようだ。どうも中国は、あれだけの人間を抱えているからというわけでもないだろうが、人命をおろそかにしているように感じる。

というのは、これも30年前に経験したことが重なっている。プラント建設も終わり試運転に入った頃のことである。石油化学プラントには、除害装置としてフレアスタックというのが設けられている。要するに、爆発性のガスを生で大気に放出することができないため、そこに導いて燃焼させるわけである。よく、テレビで油田の映像が流れて、そこに煙突のようなものから火を噴いているのをみることがあると思いますが、あれのことです。

ですから、フレアスタックというのは、ガスが放出されていないときでもパイロットバーナに火をつけておかなくてはいけないのである。突然ガスが流れてきてから着火したのでは遅いので種火を常時つけておくわけです。

ところが、ある日その種火が消えてしまったのである。こういう場合は、プラントを止めてガスを全部逃がすか、封じ込めてから修理する。それでないといつガスが放出されるかわからないので、もしパイロットバーナのところで着火テストかなんかしていて、ガスがきたら一瞬にして焼き鳥になってしまう。

ぼくらは、当然一旦プラントを停止して作業を行なうものだとばかり思っていたら、何と一人の作業員が松明を持ってフレアスタックを登っていったのである。高さが120mくらいあるから、登るのも大変ですが、何といっても危険きわまりないのである。

幸い何事もなく作業は終わったのだが、これにはびっくりした。翌日の工場の掲示板には、英雄的行動として賛辞が贈られていた。五輪施設の工事現場で働く農民工をみていると、いまでも、多少こうしたことが残っているように見えてしかたがない。

2007年8月20日

難しく考えないことの難しさ - 働きたくなるIT(12)

なぜみんなものごとを難しく考えるのだろうか。世の中に難しいものってそんなにあるのだろうか。だって、それぞれの構成要素にばらしていくとそれ自体は単純なものになっていく。単純なもの(こと)が集まると難しくなるのだろうか。

ここで、あたかも難しいように装っていることを考えてみる。どのようにしてわざと難しくしているのかということである。

・難しい言葉を使う・・・中味は単純なんだけど難しい言葉を使うので理解が難しい
・あいまいな定義・・・あいまいなことはどっちにするか迷うので難しくみえる
・誰かの受け売り・・・自分で理解できないから、言っていることがつじつまが合わない
・ディテールが気になる・・・些細なところが難しいだけなのに全体が難しいと思わせる
・量が多い・・・ひとつひとつは単純だが多すぎてさばくのが難しいだけのこと

こういうことって、よくよく頭の中で整理していくと、実は簡単なことだったりすることが往々にしてあるような気がする。

結局、単純化することが恐いのかもしれない。単純化とは標準化であり、汎用化だから、例えば自分の仕事を単純化したとたん誰か他のひとに取って代わられるかもしれない。また、レポートなんかでも、単純に簡素に書いてくれればいいのにあたかも私はこんなに一杯仕事をしました、あるいは私はこんなにいろんなことを知っていますよと言わんばかりに書き綴り、難しいレポートができあがる。私はこんな難しいことをやっているのですよとか、自分だけしかわからないことがあるように見せかけて自分の価値を高めたいという気持ちなんでしょうね。

ITを使って効率的な仕事をするというのは、こうした“エセ難解族”をなくすことにつながる。別な言い方をすれば、業務処理プロセスを単純化、標準化してITにのせていくわけだから、難しく考えていたらプロセス化できないのである。

だから、シンプル化志向でいかないと、ITで置き換われるようなことを依然として人間がやってしまって、ITではできない人間の能力である判断能力、分析能力を発揮することまで手がまわらなくなるという事態になる。この判断して、分析する能力を生かすことでITとよりよい補完関係を保つことができるのではないでしょうか。

2007年8月21日

デモは説得力がある

デモといっても旗を持って行進するデモとは違います。きのう、ある研究会でいま進めている「ビジネスコンポーネント指向開発」の実際のデモを行なってきました。このブログの「ユーザ目線のBPM」でずっと書いてきたことです。やっと、実際に動くものができ、サンプルとして作ったアプリケーションをみてもらえるようになりました。

ところで、BPMとCMSのツールを使ってフローを作ったり、コンテンツやその構成はぼくでもできるのですが、BPMとCMSをつなぐのがもちろんできないので、社長にやってもらいました。実装に関してはここが肝のところで、BPMとCMS間のデータのやり取りを透過的にかつダイナミックにするにはどうしたらよいかという難問です。

社長に頼むのだから当然Web2.0の技術ということになります。当初は、Microformatsで記述して、RSSのDescriptionの中に入れる案で検討してたが、結局Ajaxを使うことになった。とこう書いてもぼくにはよくわからないが、社長は2日くらいでプログラミングしてしまった。社長曰く、プログラミングの時間はそんなにかからない(ちなみにコードは200行以下だった)、むしろ、プログラミングに入る前の採用する技術や言語、それと仕様を決めるのが、難しいし、時間がかかるのだそうだ。

で、このインターフェースとオープンCMSであるPloneの新規アイテムをつくってもらい、あとはぼくが開発した。ぼくは、自慢じゃないが本格的なプログラミングはしたことがないし、システム技術は詳しくない。そんなおじさんが開発できてしまうという画期的な技法です。すなわち、システム屋でないユーザ自身でも開発できるということである。ちょっと自慢。

やっと、武器が揃ったのでこれから攻勢に転じます。営業かけたり、セミナーで発表したり、雑誌で紹介してもらったりするつもりです。

こうした売り込みに際して必要なデモを昨日初めてやったわけです。難しかったのは、パワーポイントで説明しながら、実際のサンプルアプリケーションを動かせて見せるということで、しかも一台のプロジェクターとPCですから、いちいち切り替えなくてはいけないので、ちと混乱しました。次回は2台ずつでやれるよう準備しておきました。

ただ、この実際に動くものを見せるというデモの威力はたいしたものです。月並みに”百聞は一見にしかず”というところでしょうか。

2007年8月23日

自転車物語

ここのところ3日間連続で東京に出て仕事だった。しかも、一番暑いさなかに家を出ていくので少々バテ気味で、昨日はブログを書く時間もなかった。この三日間は、結果的に、今回開発したシステム開発技法のプレゼンを4回やったことになる。どれもまあまあの食いつきで今後に期待が持てる。

おとといは、そんななか久しぶりに銀座のMに行く。この3日間ずっと一緒のUさんとともに行くが、まだ早かったせいで女性バーテンダーのKちゃんと先客で、前に書いたことがある囲碁の先生のふたりだけであった。出前の焼きそばと餃子を食べながら、疲れを癒す。

しばらくしたら、ここの常連で呑み友達のNさんとR子さんが若い女性を連れて登場。いろんな話をしているうち、なぜか自転車の話になった。そうしたら、これが面白いんだな。それぞれが、何らかの自転車にまつわるエピソードをもっているのである。自転車に乗ってどこやらを一周したとか、自転車でこけたとか、つぎからつぎへと話が続く。で、ここでみんなにすごく受けた(と本人は思っている)ぼくの話をいまから書く。

四日市時代のことで、まだ子どもが小さいとき、いまでもそうだと思うが、春休みに映画館でドラえもんの映画を上映する。あるとき2人の子を連れてそのドラえもんの映画に連れて行った。ぼくは、ドラえもんの映画を観るのはかんべんしてよねというわけで、映画館のもぎりの人に二人を見ていてねと言って外にでることにした。映画館の人も別にいやな顔もしないで引き受けてくれた。

さて、時間ができたが、何をしようか。そうだ、パチンコをしようという思いつきにはしゃいでしまった。というのも、パチンコは、もうずっとやっていなくて、あの数字が3つ並ぶとフィーバーするのって知らなかったのである。最初はおろおろしながらやっていたのだが、何とチカチカやるではないか。玉がもうジャラジャラ出てくる。となりのおじさんがアンタ早く箱を持ってこいとか言ってくれて、その箱が見る見る一杯になるのであった。もう、天にも昇る気持ちで15000円をゲットしたのであります。で、にやにやしていたら、ヤバイこどものことを忘れていた。走って戻ると二人は映画館の待合所でおとなしく待っていてくれたのである。

とここまでは、自転車とは関係ない話ですが、これからです。さて、この15000円を何に使うか。呑んで食っては芸がないということで自転車を買うことにした。さっそく翌日に買ってきたのだが、2、3日経って駅の近くで呑み会があったので、その新しい自転車に乗っていったのである。本屋の駐輪場が近かったのでそこに止めて、呑み会にいったのだが、終わって帰ってみると、あとかたもなく消えてしまったのだ。

ああ、天を仰いで、やっぱり、ギャンブルで儲けた金は、そんな堅実に使おうなんて、せこいことを考えず、ぱーと使うもんだなあと嘆いたのであります。

実はこの話には、後日談、後々日談があるのだけれど長くなるのでこれまでにしておく。
ということで、だれにでもこうしたたぐいのエピソードがあると思う。Nさんがそうだよ「それぞれの自転車物語」というのを書いてみたらおもしろいねと言っていたが、あながち、誇張でもなくありえることかもしれないと思ったのである。

2007年8月24日

またまた格差の話

何回かこのブログでもコメントしたが、格差についての面白い話を見つけた。で、すいませんが、またまた格差の話です。小林慶一郎という経済産業研究所のひとがいて、わが国の経済問題について論陣を張っているが、ちょっと前に朝日新聞の「けいざいノート」に格差問題の深層と題して寄稿していた。

論旨は次のようなこと。まず、市場競争を擁護する経済学者や企業経営者と格差解消を訴える人々との間で議論がかみ合っていないという指摘。すなわち、経済学者描く市場競争は価格の競争のことであり、互いの活動を邪魔する「争い」というイメージはない。それに対して、市場経済に批判的な勢力は、市場競争とは弱肉強食のイメージだ。

なぜ、市場競争に対して正反対のイメージになるのか。答えは、市場経済のどの側面をみているのかなのだそうだ。経済学者は、競争により社会の厚生が最大化できるというプラスの側面をみるが、負の側面もある。市場競争に批判的な人たちは、勝者のみしか繁栄できないような負の側面を強調する。

そして、この負の側面が生み出される原因について、競争に使われる技術の差だと言っている。これは、UCLAの故ジャック・ハーシュライファー教授の論で、技術というと経済学者は当然生産技術を想定するが、それとは別に闘争技術と呼ぶ、例えば、社内の権力闘争で勝つ技術、顧客の無知につけ込んで不必要な商品を売り込む技術、政治家に取りいって利益を誘導する技術などがあるのだそうだ。

どうも、市場経済に批判的な人々は、この闘争技術の弊害を問題視しているのではないか。ここがかみ合わない大きな理由で、従ってこれからは闘争技術をも取り込んだ経済学が必要である。

で格差ということだが、格差論争を一種の闘争とみることもでき、持たざるものは、生産活動よりも政治的な闘争に参加するほうが合理的な選択肢となる。

ここに非常に大きなエネルギーを使っているわけだから、再分配策を考え直すことにより、このエネルギーを政治闘争ではなく生産活動に向けるほうがいいのじゃないかということである。どういうことかというと、普通、再分配政策は、効率を犠牲にして公平性を高めるものと言われているが、それの逆発想である。そんな政治的な闘争に資源が消費されるのを防ぐことにつながるというわけだ。

ぼくは、経済のことはよくわからないが、なんとなく世の中の状況がわかったような気がする。結局、格差をなくすには、金銭的には再分配の構造を勤労意欲が低下しないようにし、こうして得られた金銭的な格差の是正により、政治的な闘争へ向けられたエネルギーを生産技術のほうに向ける余裕をつくり、かつ金銭的なもの以外の価値観の重要性をみんなで共有するという方向性のような気がしてきた。

さて、これをやってくれるのは、自民党なのか民主党なのか?

2007年8月25日

軍隊 - チャイナばなしその4

中国には「人民開放軍」という軍隊がある。中国の軍隊のおもしろいところは、軍隊といっても国軍ではないのです。中国共産党中央軍事委員会の下に置かれているんです。党の軍隊なのです。それから、「自力更生」という方針が軍隊にも適用されているということ。ちなみに、この「自力更生」はぼくらが一緒に仕事をするうえで非常に厄介だった。このことについては、またあとで記す。

さて、その軍隊のことだが、ぼくの出合った軍隊経験を3つばかし。まずはなんといっても、最初に北京空港に着いたときのことが忘れられない。当時はもちろんJALもANAも飛んでいなくて、ぼくらは羽田からパキスタン航空の飛行機に乗っていった。数時間後北京空港に降り立ったのだが、真っ暗やみのなかにポツンと止まっている。やがて、ドアがあいた瞬間どっと銃をもった人民解放軍の兵士が入ってくるのである。わけのわからない中国語でわめきちらす(ように聞こえる)のを聞いたとたん、機内で呑んだ酔いがいっぺんに醒めてしまった。こりゃ、恐ろしい国にきてしまったと思ったことを覚えている。

つぎは事故の話。前回プラントの中にあるフレアスタックに松明をもって登った命知らずの英雄の話をしたが、そのフレアスタックの先っちょについているバーナが割れてしまったことがあった。何しろ、120mの高さのところである。当時の中国にはそこまで届くクレーンがなかった。さて、そのバーナの修理をどうするか。

突然中国側から今から北京の市街にいきますからといって車が用意された。みな訝しげ車に乗り込んだが、それはたまの外出だから喜んで行った。帰ってみるとそのバーナの修理が終わったとのこと、どうやってやったか教えてくれないのだが、内緒で聞くと軍隊のヘリコプターで一旦吊り下げて、地上で修理したあと再びヘリコプターで据え付けたとのこと。おおやるなあと感心したのである。ところがところがである。あとでわかったのだが、実は一回失敗したのだというのだ。どうも、最初の一機は何と吊り下げるのに失敗して墜落したのだそうだ。しかも死者がでたというのだ。これにはほんとびっくりした。

最後は、軍隊ならお手の物という話。北京には工人体育場というのがある。来年のオリンピックのサッカー会場となるところだ。30年前に中国にいたとき、そこにサッカーの試合を見にいったことがある。確か、メーデーのころじゃなかったかと思うのですが、北京と上海かの解放軍同士の試合である。

満員の観衆で盛り上がったのだが、ハーフタイムになると突然花火が上がるのである。サッカー場の観客に向けてだから、みな花火大会を楽しむことになる。ハーフタイムが30分以上なのである。ようやく花火大会が終わって後半が始まる。こりゃサッカーも花火も楽しめたからよかったと言いながら、会場をあとにしようとしたら、試合終了後もまた花火を上げてくれる。ところが、なんとその花火を打ち上げているのが人民解放軍の兵隊さんだったのである。それは見事に統率の取れた打ち上げでしたね。

だから、中国の人民解放軍というのは意外とこんな場面にも登場してくるので、ある意味人民のための軍隊ともいえるのだ。きっとオリンピックでも大活躍するんじゃないだろうか。

2007年8月26日

チョー便利な追っかけ再生

いよいよ昨日から大阪世界陸上が始まった。世界のトップアスリートが集まるこの大会は見ていて面白い。世界最高峰の試合はどんなスポーツでも見ごたえがある。特に陸上は単純なだけわかりやすい。誤審もなければ頭突きもないので後味もよい。

今回の大会は夜遅くまでやっているんですね。昨日なんか、朝7時から夜11時くらいまでやっていた。そうなると、見るのも大変だ。それに、お目当ての競技が何時から始まるかもよくわからないから、ついだらだらと見てしまう。

ところが、この世界陸上を見るのにうってつけの見方があった。DVDレコーダーの追っかけ再生機能を使うのだ。そんなのジョーシキと言われるかもしれないが、ぼくにとってはちょっとした発見だったのだ。

とりあえず、番組表から全部選んで録画しておく、そして、適当に時間が取れたら、最初から再生してみる。もちろん、競技と競技の間の時間はスキップするわけで、そうすると再生が録画にだんだん近づいて、最後は「再生が録画に追いつきました」と出る。そしたら、再生を一旦停止してナマのほうを見るという繰り返しである。

陸上競技の正味時間はすごく短いので、この方法は非常に効率的だ。翌日じっくり見るなんてことより、ライブにより近い時間感覚でみるのがよろしい。

てなわけで、夏の終わりの楽しみが増えたようです。

2007年8月27日

気になる「気」

「気」という言葉は、何気なく使っているが(ここでも「気」を使っている)、どういう意味だとかをあまり考えない。例えば、気になる、気に入る、気に障る、気合い、元気などなど気持ちや気分のことなのかと漠然と思うが、じゃあ気持ちって何よみたいなことになって釈然としない。しかも、人間の中だけではなく、空気だとか雲気といった自然界にも使われる。

そんな「気」を扱う気功家の望月勇さんと五木寛之の対談集「気の発見」(幻冬舎文庫)を読む。先日、上の息子に読む本がなくなったと言ったら、これ読んでみたらと渡されたものである。

望月さんというのはぼくと同い年で、今はロンドンを拠点にヨガ気功教室を主宰して、気功による病気の治療も行なっている人です。この人に気を注入してもらうとガンも治ってしまうという。びっくりするのは、ロンドンから東京も気が送れるのだそうだ。

ただ、この本は、こうした超能力的なエピソードのことを書いてあるのではなく、人間の体と「気」の関係について、スピリチュアルではなく、とはいっても純科学的でもない話である。

ぼくは、前からサムシンググレートのようなものがあるのではないかと思っている方だから、この本に書いてあることは、おおかた理解してしまう。そうでない人は、例えば病気を治したというと、ちょうど治る時期と重なっただけだよとか偶然の産物で片付ける。ぼくは。もちろんそういうこともあるだろうけど、何かが作用して体に変化をきたすことはありえないことではにないと考えている。

例えば、過度の疲れだとか、痛みだとかはもうぎりぎりになると、体が自然と反応して、こてっと眠ってしまう、しばらくすると体がすっきりするという経験したこは皆さんもあると思いますが、あれは、きっと体の安全装置が働いて、自律神経系が交感神経モードから副交感神経モードに急速に切り替わったことによるのだ。だから、例えばこのように自律神経モードを「気」で変えるようなことはできるような気がする。

実はこのモード変換は呼吸法でもできるのです。なんと、息を吐くときと吸うときで自律神経のスイッチが切り替わるのです。吸うときは交感神経、吐くときは副交感神経でこのときはリラックスできるのです。ですから、呼吸で大事なのは、吐くときですので意識的に長くするのです。ここで呼吸法が出てきますが、大気から呼吸により「気」を入れるという感じがわかりますよね。

実際の呼吸法で言うと、腹式呼吸と左右の鼻を使い分ける呼吸法になります。腹式呼吸はわかると思いますが、鼻のほうはというと、ヨガでは右の鼻からプラスの気を吸い、左の鼻からはマイナスの気がはいってくると言われています。すなわち、右の鼻を使っての呼吸は、交感神経を活性化させ、反対に左の鼻の穴を使うと、副交感神経を刺激するというわけです。

ということで、ぼくは今毎朝、腹式呼吸と片鼻呼吸で一日を始めているのですが、さて効果のほどは。

気の発見 (幻冬舎文庫)
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2007年8月28日

自力更生 - チャイナばなしその5

これは毛沢東が言った「自らの力を基本とすることを自力更生と呼ぶ。我々は孤立してはいない。帝国主義に反対する世界のあらゆる国や人民はすべて我々の友人である。しかし我々には、自らの力をもって、国内外の反動勢力を打ち破る力がある」といったことがベースになっているのだが、工場なんかにこのスローガンがいたるところに張り出されている。こういった頭だから日本から来たエンジニアに単純に教えてもらうという態度はありえないのだ。これには技術指導するうえで大変苦労した。

この自力更生というふるまいには二つの形態があって、ひとつは、おれたちが自力でやっていることに口を出すなということと、もうひとつは自力でできなくて教えてもらったり、見せてもらったものも最後は自分たちが自力で作ったものであるということである。後者はわかりますよね、コピーです。これについて、当時のエピソードを。

当時、中国には石油化学の技術はなかったので、全部国外からの導入技術によって成り立っていた。従って、ぼくらもアメリカのプロセスラーセンサーと日本のコントラクターのもとに技術指導を行なったわけである。ある日、主要な機器である大きな圧縮機が据付られたのだが、いつの間にか撤去されていた。もちろん日本側に内緒でである。数日間帰ってこないから、プレオペレーションのスケジュールが遅れるはめになる。やっと戻ってきたが、いったい何をしていたのか探りを入れたら、何と驚くことなかれ、機械をスケッチしていたのである。実物から図面を起していたのである。

また、日本の有名メーカの分電盤には最初はもちろんそのメーカのネームプレートが付いているのだが、すぐに消えてわけのわからない中国の文字にとって代わられるのである。当時の中国には特許権なんてないのだから、こんなことが平気でまかり通る。

あの例の北京石景山游来園のディズニー・キャラクターの件も同じですよね。いまだに変わらないのにびっくりした。このようにひとのものをまねしても当然という態度は、ぼくの独断と偏見では、毛沢東時代のゆがんだ自力更生、取り繕い自力更生が生んだ産物ではないかと密かに思っている。

確かに、自力更生精神が最近の中国の急速な発展に寄与している一面はあると思う。よそに頼るのでは、自分たちの力だけで何とかやってやるというのは悪くはない。しかし、明らかにまだ力が及ばないことに対してはもっと謙虚になる必要があるだろう。

毛沢東や四人組が失脚して以来、中国も政治的には随分と柔軟にはなってきているが、根っこのところにまだ、中華共産主義的色合いが残っているような気がする。“反動勢力はわれわれを搾取して手に入れた富を世界一の国家であるわれわれに還元しなくてはならない”こんなことは、現在の国際社会では通用しないのは自明なのだが、ときどきまだそんなことを思っているのではと感じてしまう。

2007年8月29日

いよいよ始動だ! あ、動かない - 親子丼的ビジネス奮闘記(1)

昨日、第4回BPM-J交流会で「ユーザ目線の実践的BPM」と題して講演を行なってきました。この会は、日本BPM協会の主催で行なわれるもので、BPMの事例や研究結果などを報告する場です。

今回が、「ビジネスコンポーネント指向開発」(wadit法)の最初のお披露目ということになります。(ワーキンググループの数人には見てもらっていますが) 
出席者の中には、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)や日経BP、ITmedia のひとたちもいて、反響はけっこうあったと自負しています。そのうち記事になると思います。

注目されたのは、業務コンポーネントを書類というオブジェクトの状態遷移ととらえたこと、ワークフローにミクロワークフローとマクロワークフローがあること、アプリケーションプラットフォームを3層構造にしたことあたりです。しかし、やはりというか、残念ながらオープンソースCMSのことをよくご存じない方が多く、そこのところを理解してもらうのに苦労した。

というのも、最大の目玉であったBPMとCMSの連携で実際に動くものをみてもらう目論見がもろくも崩れてしまったのです。恐れていたことが起きたのです。

もちろん会場には早くに行ってプレゼンの準備をしたわけで、今回は2台のPCと2台のプロジェクターでやることにして、デモ用のPCを立ち上げたまではよかったのですが、プロジェクターを接続してつなげたとたん、ああ砂時計が消えない。どうやっても戻らない。PCに詳しいひとに来てもらったがダメ。結局、再起動するはめに。

ところが、1台のPCに3つのサーバーをインストールしているという離れ業をしているので、起動に時間がかかる。しかも、ぼくにとっては難しい。結局間に合わず、最悪の場合を想定して用意していたキャプチャ画面を使ったパワーポイントでの説明になってしまった。

これだと、やっぱりダイナミックさや実際の動きが見られないので効果は半減です。いやー、実に残念であった。それでも、だいたいの理解を得られたのでほっとしています。

ということで、親子の合作であるwadit法がいよいよ始動です。まずは、知ってもらうこと、賛同を得ることから、徐々にパートナーをみつけたり、実際のプロジェクトを進めたりといったビジネスに展開できたらと思っています。

これから、このカテゴリーを「親子丼的ビジネス奮闘記」と称して、親子二人でビジネスに苦闘する姿を書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

2007年8月30日

知名度アップ作戦 - 親子丼的ビジネス奮闘記(2)

IT業界でビジネスをやろうとすると、当然のようにある程度知名度があるほうがいい。ひとに会ったときに“ああ、あの○○さんですね”と言われたらしめたものだ。ぼくは、もとの会社にいた時は狭い範囲だがちょっとは知られていたが、今は全く誰も知らない。

一方、息子の方はIPAの未踏ユースの準スーパークリエーターになったり、NHKのデジスタに出たり、最近はCDTubeZonTubeといったマッシュアップサイトでけっこう名が知られている。

だから、今度はぼくが少し露出して名前を売ろうかと思っている。その第一弾がおとといの講演であったわけです。

で、早速昨日のITProの最新ニュースに記事が掲載されました。

記事のタイトルが、“「BPMを実践しようとする企業にはWeb2.0が有効だ」、日本BPM協会が研究成果を報告”となっている。この記事を書いた記者とはもう何年も前から知っているので、そう間違ったことは書かないが、ニュアンスが微妙に違う。これは、こちらの主張と記者の観点とはずれてあたりまえなので仕方ないことなのだ。

というわけで、まずは日経BPから始まりましたが、少しずつ拡げていこうと思う。こうしたことをやっていくと実はいろいろな波及効果があるもので、その日経BPの記者と一緒にIBMの清水敏正さんに再来週会いに行くことになった。清水さんは、技術理事でSOAについての有名なアーキテクトの方です。

まずは親子で名前を売りましょうなんてまるで芸者の母娘みたいですね。

2007年8月31日

高級食材 - チャイナばなしその6

ちょっと中国ネタが続いて、食傷気味のかたもおられるかもしれませんが、今度はそれこそ食の話です。ついちょっと前のニュースで日本の“ナマコ”の価格が急騰していて、5年前に比べて5倍になっていると報じていた。食材は中国からは入ってくるが、日本から中国に出て行くものがあるのかと思っていたが、意外やナマコが輸出されているのですね。

ナマコは日本じゃあまり食べないが、中国では高級食材なんです。だから、中国から日本へマツタケが入ってくるように、日本から中国にナマコが入っていくのです。

ナマコは、日本では酢の物みたいにするぐらいでほとんど食べないのですが、中国では宴会などでは必ず出てきて、中国人は喜んで食べます。中国の高級食材というとその他では、フカヒレ、ツバメの巣、干しあわび、上海蟹など多くのものがありますが、みんなおいしいですよね。

30年前の食事情を少し。当時は文化大革命がやっと終焉を迎えたところでしたが、この文化大革命というのがひどいもので、北京あたりの高級料理店の多くは閉鎖されてしまったのです。しかも、そこの料理人は下放といって地方に追いやられてしまっていた。だから、おいしいものを食べようとすると、ホテルのレストラン、といっても市内では北京飯店、新橋飯店、民族文化宮くらいしかないのだが、そこか、あるいはわずかに残った専門店にいく。

中では、北京烤鴨店で食べた北京ダックは最高にうまかった。そのほかには、ジンギスカンもうまかったし、一度、表は普通の民家でそこから裏に行くとレストランになっているという店に行った。おおっぴらに開けないので隠れて営業しているらしく、料理長は有名な人だという。そこで食べたコース料理もすばらしかった。その頃は、店の数は少なくなっていたが本物を出すところがあったのだ。

5年後に行ったときには、大きな北京ダックの店がいっぱいできていた。北京ダックデパートだと通訳が言っていた。もちろん味は5年まえに比べて劣るのは言うまでもない。

中国では、高級食材にはいるのかどうかわからないが、料理のしかたが変わっていたり、ゲテモノに近いものがある。

変わった料理法というか、少し残酷な例で、西湖のほとりで食べた鯉料理のことである。表面は油で揚げてあるのだが、中は刺身というもので、外側がかりかりっとして中はぷりぷりっという食感を楽しむようだが、中味がまだ動いているのだ。なぜか、やけどをしたからだを思い浮かべてしまい、あまりいい気持ちがしなかった。隣に座ったかわいらしい顔をした中国人の女性がにこにこしながらうまいうまいと食べているのを見ると残酷だなあと思ったのであります。

ゲテモノといえば、みなさん熊の手を食べたことがありますか。これが、高級料理なのです。当時は、普通のフルコースだったらひとり2、3千円で食べられたのだが、熊の手料理は、その3倍ぐらいした。といっても1万円もしないのだから驚きだ。熊の手は前の晩からオリーブの葉と一緒に一晩煮込んでから食べる。だから、ずっと前に予約を入れて、期待を胸に席についたのです。

さあ、出てきました。手首のところから切り落とされて、そのままでてくるのです。毛はむしってあるがところどころに残っているし、爪もそのままの状態でお皿にのっているのを見たら、さすがのぼくもひるんだのであります。さて、この高級料理はおいしかったでしょうか。いやー、食えたものではない。ぼくは途中で気持ちが悪くなって、ちょっとかじっただけであった。

ところで、熊の手は左右どちらがうまいか知っていますか。そうです、左手なんですね。なぜかというと、熊は右手でアタックをして、左手は蜜をなめるので甘くておいしいのだそうだ。え、ぼくの食べたのは確か左手だったはずだが。

こんなものを大金はたいて食べるやつがいるのかと思っていたら、帰国して2、3週間して、ひょいと新聞をみたら“中国から高級食材の熊の手を輸入”という記事が目に留まった。よく見ると、そこに日本で出される熊の手料理は、ひとり20万円すると書いてあった。わー、お金を捨てるようなものだからやめなさいと叫んでみたが、おいしさではなく珍しさを食べるんだから余計なお世話かもしれないと思ったのであります。

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