安倍総理の横文字好きは困ったものだが、この戦後レジームなんて言葉をどうして使うのだろう。ぼくだってわからないのだから、おばさんはさっぱり理解できないんじゃないの。単に戦後体制って言えばいいじゃん。
それに、脱却って言うからには戦後の体制はどうであって、結果何が悪かったので、そこから脱却するのかということをちゃんとわかりやすく説明してくれないと困る。また、全部が悪いのではなくいいことと悪いことがあって総合判断として、変えていかざるを得ないということでないと国民は納得いかないと思う。
ぼくは、この「戦後レジームからの脱却」と聞いたとき、直感的に危うさ(ナイーブ)を感じた。それがどうしてか自分の中で考えがまとまらなかったのだが、それを非常にわかりやすく解説してくれた人がいた。まだ若い気鋭の政治哲学者である津田塾大准教授の萱野稔人だ。
彼は、「国家と国民は一体か」というタイトルで、まず安倍政権の国家と国民の一体性を自明視する国家観はナイーブであると論じている。なぜかというと、国家というものはそもそも、唯一社会のなかで合法的に暴力を持つことができる特殊な存在なのである。そうした特殊性を認識することが政治家にとって重要なことなのであって、あたかも一体的なものであるとみる安倍政権の国家観はナイーブなのである。従軍慰安婦の問題なんかもこの文脈で理解できる。
その国家観は、「戦後レジームの脱却」と言っていることについても懸念を表している。そもそも戦後体制とは、第二次世界大戦の戦勝国が、敗戦国に対し、二度と暴走しないように管理するために作られたわけで、戦後体制から脱却するということは、“管理される立場から管理する側へ移行すること”なのである。で、管理する側に回ったときの安倍政権の国家観がすごく気になるというわけだ。なるほどすっきりした。