最近良くないことばかりが続いていて滅入っているんだけど、こういう時って今は運気がないとか、寝ている方角が悪いんじゃないかとか、ついそんなところに逃げ込みたくなる。だから、占いとかスピリチュアルだとか風水なんかがはやるのだろう。
そこで、少し風水のことを調べたら、まず生まれた年で8つの「本命卦」(あの当たるも八卦、当たらぬも八卦ってやつです)のうちのどれかに当てはまるわけで、これにより方位の吉凶が決まってくるそうだ。そこで、部屋の模様替えでもしようかと思ったけど、狭い部屋だから、吉となるような配置にしたら住みにくくていかん。というわけで、今度骨董屋に行って水晶玉でも買ってこようかと思っている。
風水というのは、生まれた年による場所とか空間のことだが、一方で時間、すなわち暦における吉凶というのもある。四柱推命というやつで、四柱というのは、生まれた年、月、日、時刻のことで、それと干支を配置してその人の運命や相性がわかるというもの。
で、その中に天中殺というのが出てくる。以前マスコミでもてはやされてすごい凶現象が起こると言われたが、実際にはそんなことはなくてあまり良くない時ですよぐらいの感じだそうだ。四柱推命では「空亡」というそうで12年に一度訪れる不運の2年間をいう。さっそく、自分の「空亡」の年をみたら、1998年と1999年の2年間だったのだが、この2年間は別段不運なこともなく、むしろ順調な年であったので何だ当たらないやと思った。
ところが、それは年でのことだが、月と日でもその「空亡」というのがあって、まあそれが、年とも重なると大天中殺ということになるのだが、ぼくの場合は2月と3月がそれにあたり、さらに日が12日サイクルでやってくる。従って、1年間で10日くらいが「空亡」の日というわけだ。
それで驚きの出来事が、前にブログでも書いたけど、2月に財布を落としたこと、3月に転んで肋骨を痛めたことがあったが、なんとそれが両方ともその日にあたっていたのだ。うへーすげえなあ、少し信じてみるかなと思ってしまう。
でもよく考えてみると、毎年同じ月に「空亡」がやってくるというのも変だし、同じ誕生日の人が皆同じ不運に会うのかというのもおかしいし、生まれた年月日というけど、いまや誕生日をコントロールできるわけだから、それで運命が変わるというのもどうかと思う。やっぱり、この生まれた日で占うというのに抵抗がある。本来は母親の体内で生命が誕生した瞬間、ていうか精子が卵子にくっついた瞬間がその人の「本命卦」になるのではないだろうか。
いずれにしろ、風水や四柱推命がインチキじゃなく残っているのかは、これって論理的というか統計学というか、あいまいではなく数理的に決まっていくので占う側がぶれないからつい信じてしまうということではないだろうか。