情報子会社のありかた
企業はIS部門を社内に抱え込むのか分社化するのかという選択がある。情報システム部門を分社化するのは、少し波があって最初の波は多角化の一貫として情報会社を作るというのがあった。ですから、このときは外販主体で外で稼いでこいよという形態だった。
そのあとの波は、選択と集中の動きの中でコアコンピタンスではない事業や機能は売却したり、分社化したりした結果、情報子会社ができたケースである。前者の場合は、まだ本体のなかにIS部門を残し、本体業務はそこでやっているという形態も多く、中途半端になっていてそこを整理する動きもある。
情報子会社がめざすところはおおかたは外販比率を高くし、収益性のある、親会社から自立した会社になることだが、これが難しい。外販比率を上げるすなわち親会社依存率を下げていくと必ず収益性悪化の谷に落ち込む。そうですよね、外販するためには売上が上がらない中、教育投資やリソースの確保などコストがアップするわけだから、当然収益があがらないことになる。この谷を越えられるかどうかが大きな試練になる。
そこが難しいとなると親会社べったりの経営になるが、そこはコスト優先だから人件費を下げなくてはならない。ところが、それじゃ人員を親会社に帰すかとなると、分社化の意図と矛盾するというジレンマを抱えている。従って、分社化したのならやはり外販をしていくことをめざさない限り存在価値はないように思える。
ところが、外販に向かうにしても、親と子のめざすところや思いが微妙にずれていることが多い。親の第一の望みはコストダウンだ。子としてはコストの多くが人件費だから人員を減らしたいが、さっき言ったように親会社が引き取ってくれるわけではないから、余った人員を外販にまわそうとする、しかし外販するには優秀な人材を投入せざるを得なくなる。
だから、優秀な人材を外販にまわし、そうでない人員を本体向けに残して置くことになる。そうなると親からの声は、内へのサービスを質を落としてまでも外販するなとなる。さあどうしよう。
ここをうまく突き抜けないと自立した情報会社になれないのだ。
おろおろしてもしょうがないので、がんばって戦略をたてなくてはいけないのが、もう少し本質的なところ、もっと会社としての基本的な問題のところを議論する必要があるのではないだろうか。すなわち、外販だろうが内販だろうがまず何を売るのかということがある。サービスなのかソリューションなのか技術なのか単にプロダクトを売るのか、こうした事業ドメインの定義が重要である。
情報子会社の問題は最初から親会社へのサービス提供がありきから始まってしまい、そのモデルをそのまま使をうとするところに無理があるのではないでしょうか。ですから、親会社以外へどういう商品を揃え、どういうビジネスを展開するのかという戦略を描くことがもっとも大事であり、そこが大きな課題となろう。
全く新たに起業することを考えた場合、会社というのは本来売りたいものがあり、それを作れるひとがいて、それを売って儲けたいひとがいて成り立つのですが、情報子会社の場合は、そういう能動的なひとが少なくほとんどが親会社から行けと命令されたからしかたなしに移ったとういうひとたちが多いようです。従って、ひとの意識の問題とともにどうしたら起業プロセスを持ち込めるかが大事な要素ではないでしょうか。挑戦より堅実、変化より安定といった志向のうちは基本構造問題は永遠の課題になってしまうでしょう。
また、ユーザ系会社は業務知識が売りみたいなことですが、それなら業務要件に合ったソフトウエア、プラットフォームなどをなぜ提案できないのか。いまはほとんどソフトベンダーが作ったERPやパッケージに振り回されて、それをどう使いこなすかが問われています。これっておかしいわけで、ひとつには情報子会社がアイデアを出せない、コンセプトを作れないことなのでしょう。本当にその会社の経営に貢献できる情報システムを作れるのは本来その会社にいる(いた)人間ができなければいけないのではないでしょうか。
ですから期待を込めて情報子会社が主導権をとり、既存のSIerの地位を奪い取るくらいの覚悟でやることが、自立した情報会社になる道ではないかと思う。
この連載はこれで最後になるが、今回は比較的図を入れるようにしましたが、わかりやすかったでしょうか。
また、企業情報システムの美しいかたちは見えてきだでしょうか。結局、この美しいかたちを作るのもヒトです。そのヒトが企業の業務機能やプロセスを俯瞰できる目があり、それらの本質を見極めてシステムに落としこめるかが勝負です。
そのとき、ここでもやはり「ユーザ目線」ということが非常に重要なキーワードになるといえます。