食べ物の話である。わが家の夕食でこども二人がおおサーロインステーキである。ところが嫁はんには「お父さんは鯛の塩焼きにしといたから」と言われた。
そうなのです、もう数年前から脂の乗った肉が食べられないのだ。霜降りのいい肉が嫌いだ。あの焼かれた脂の匂いやぷりっとしたのが苦手だ。まあ嫌いというより正確には食べられないと言ったほうがいいのかもしれない。そのくせ、ヒレ肉やカツ丼、吉野家の牛丼は大好きなのである。要は、脂がだめなのだ。
実は、こどものときにもこの脂が受つけられなかった。そこで、こどものころの肉にまつわるおもしろい話をする。
ぼくらのこどもの頃というと戦後そんなに経っていないので食糧事情もよくなくサツマイモばかり食わされた。そうだ、嫌いじゃないが食べられないものにサツマイモがあった。いまサツマイモの料理を進められてもぼくはほとんど食べません。これはおそらくこどものときに一生分のサツマイモを食べてしまったからだと思う。
さて、肉にまつわる話のことだが、家の前に小さな川が流れていて、そこでよくザリガニ釣りをした。山から竹を切り出して、普通の木綿糸に皮をむいた蛙をえさにして釣る。えさは他にスルメであったり、たくあんであったり、釣ったザリガニのしっぽだったりする。ザリガニがそのえさをハサミでつかんだところをひきあげるのである。
ある日、近所に住んでいるアメリカ人の子どもがぼくらの釣りをじっと見ていた。するとさっと家に戻っていったと思ったら、何やら抱えて帰ってきた。それでぼくらと同じようにザリガニ釣りを始めようとしている。抱えたものを地面に落としたときぼくらは目を丸くした。なななんと何と肉の塊である。
当時のわが家の食卓にはめったに肉がのぼらない。それをああザリガニに食わしちゃうのだ。えびで鯛はわかるが、肉でザリガニじゃしゃれにもならない。ぼくらは、釣りどころではなくじっと横目で肉をながめ続けたのである。このときはこども心に敗戦国のみじめさとアメリカの豊かさを実感したのであります。だから、腹いっぱい肉が食いたいとしみじみ思った。
ところが、たまにすき焼きだなんていうとうれしくなるのだが、その肉はけっしていい肉ではなく脂身がついてくるのだ。その脂身が食べられないのでよけて食べて母親から怒られた。それから、大人になるのと肉の質がよくなったこともありだんだん好きになっていった。
それが年をとってからまた食べられなくなったというわけである。よくテレビのグルメ番組でうまそうに特上カルビの塩焼きだなんていっているがよだれもでてこない。まあ、かわいそうにとか言われるけど、みんなじゃんじゃん食べてコレステロールをためたらいい、とちょっと開き直ってみる。