並行して読んでいた村上春樹の「ノルウエーの森」と中公新書ラクレから出ていた「アグネス・ラムのいた時代」を読み終えた。そして、植木等が死んだ。
「ノルウエーの森」は1969年~1970年ころの物語であり、「アグネス・ラムのいた時代」では、昨年亡くなったグラビア写真家の長友健二が1960年から1980年くらいにかけて、多くのスターやアイドルを撮った、そのときどきのエピソードを中心にどんな時代であったかを書いた本である。
だからいま、ぼくの20代を思い出している。1968年から1977年である。
「ノルウエーの森」の主人公のワタナベ君が「僕の学校の学食のランチは、A,B,CとあってAが120円でBが100円でCが80円なんです。それでたまに僕がAランチ食べるとみんな嫌な目で見るんです。Cランチを食えない奴は60円のラーメン食うんです。そういう学校なんです。」と言った学校に通っていたときにハタチになった。メキシコオリンピックのサッカーで銅メダルを獲得、3億円事件があった年だ。
その翌年に東大安田講堂事件が起き、1970年にはよど号事件、三島由紀夫の割腹自殺、1972年浅間山荘事件と政治の季節でもあった。ぼくはノンポリだったから、構内で火炎ビンが投げられるのを横目にみながら雀荘に入り浸っていた。ワタナベ君のように政治的ではないが生きていることに真剣に悩み哀しんだりはしなかったが、しかし将来に不安をいだきながらモヤモヤしていた。
長友の本によると、このころから日活が一般映画の製作をやめ、ロマンポルノ路線に切り替わっていく。また、1971年には「日本初のアイドル」と呼ばれた天地真理がデビューする。TBSのテレビドラマ「時間ですよ」の隣の真理ちゃんです。どうも、この年から大衆がタレントに求めるものの質が大きく変わったようだ。そう「かわい娘ちゃん路線」である。
そして、いろいろなことが初めてだったらしい。会場で「真理ちゃーん」と掛け声がそろって上がる声援。文房具、雑貨など本人の写真やイラストを入れたアイドルグッズ。そして、アイドルの寿命は短いこと。そのあと、知性派アイドルのアグネス・チャン、元祖バラドルのキャンディーズ、伝説のグラビアアイドルのアグネス・ラムと続く。
かたやかわい娘ちゃんでかたやロマンポルノという対比はいま考えるとおもしろかったなあ。梢ひとみの裸のポスターが貼ってある部屋でキャンディーズの歌を聞いて「限りなく透明に近いブルー」を読んでいるわけで、何かがどんどん変わっていったような気がする。
このあたりでは、シャボン玉ホリデーも終わり、クレージーキャッツもグループとしての活動から、個人での活動が主となっていた。だからハナ肇の「あっと驚く為五郎」なんてあったが、植木等が何をやっていたかよく覚えていない。性格俳優として位置を占めるのはもう少しあとだから、その当時はあの躍動していた無責任男から変貌をとげる脱皮の時だったのだろうか。
あとこの時代で忘れてはいけないのがフォークソングだ。最初は反体制・反戦ソングとして登場し、ぼくらもボブ・ディランやジョーン・バエズの曲を下手なギターをかき鳴らしながら唄ったものだ。フォークソングも政治から四畳半へ変わっていったときでもあった。
そして、ダッカのハイジャック以外たいした事件も起こらずぼくの20代最後の年は終わった。