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靴とマメ

湘南国際マラソンのことを書いたらちょっとに前に見たテレビ番組が浮かんできた。毎週金曜日の夜、日本テレビで放映する「未来創造堂」という番組がある。木梨憲武が司会をして、何かにこだわりを持つゲストとともに、日本が生んだ発明家たちの人生を再現ドラマで紹介する番組で、非常に良質ないい番組です。さすがホンダの提供。

つい最近のもので、「マラソンシューズ誕生物語」というのがあった。メキシコオリンピックのマラソンで銀メダルを採った君原健二は、まだ有名になる前、能力は高いのに、いつも長い距離を走ると必ず足にマメができて力が発揮できなかった。あるとき彼のシューズの製作を依頼された鬼塚喜八郎という靴屋が苦労を重ね、マメができないシューズを開発し、それを君原にはかせた結果、オリンピックでメダルをとる選手までになったという物語である。鬼塚喜八郎という人は、その当時「オニツカ」という会社でいまの「アシックス」を創業した人である。

この番組を見ていて、ぼくの若い頃のことを思い出した。ぼくは、サッカーばかりやっていたサッカーばかだったが、当時のサッカーシューズのことである。いまでこそ、こどもまですばらしいスパイクを履いているが、当時はスパイクは高価(今から40数年まえで確か3~4千円です)で、なかなか買えなかったのです。それと、練習ではズック靴を履かされていました。それは、ズック靴だと足の指先にちゃんと力を入れ、足首を固定しないとボールが飛ばないし、足が痛くなるので基本がみっちり身につくというわけだ。確かにいいスパイクを履くと少々ポイントがずれても飛ぶのでいい加減な蹴り方になるかもしれない。

で、このサッカーのスパイクなんだけど、当時は地方の町の運動具店なんかには売っていないのだ。しかも、メーカーも限られていて、「ヤスダ」と「ミツナガ」くらいしかなかった。そのオニツカのスパイクもまだなかった。少しあとに有名な「アディダス」が日本に入ってきたが、とても手に入らない高根の花でした。

それでぼくらは普通に「ヤスダ」のある東京の茗荷谷まで行くのだ。これがひと苦労で、しかも、出来合いのものはないから、それがいちから型をとったオーダーメイドなのだ。だから、型どりとできあがったものを取りに行くから2回東京に行くことになる。でも、新しいスパイクを水色で「YASUDA」という名前が入ったサッカーバッグに入れ、見せびらかすように帰るのが大きな楽しみでもあった。

そんな苦労をして手に入れたスパイクだから、そりゃ大事にしましたよ。まず買ってきてすぐどうしたかというと、近くの靴屋に行って、つま先に皮をあててもらうのです。つま先が先に破れるんです。それに毎日油で磨きましたね。ポイントだって、当時は皮とアルミとゴムのどれかだったんだけど、ポイントが外れると自分で新しいのに取り替えていました。いまの子はちょっとでもポイントが減るとすぐに捨ててしまうので、ああもったいないとすぐに思ってしまいます。

ボールだって毎日練習が終わると一旦空気を抜いて、翌朝空気を入れて縫い目をオイルで磨くのです。そうやって、モノを大切に扱ってきたので、しつこいけど今の贅沢さはいい感じではないですね。やっぱり、ぼくらのそういった生活で養われた精神構造といまのこどもたちのそれとは違うのは当たり前かもしれない。

それでマメのことだが、ようやくにして買って、そしてしっかり手入れして履いても、これがまたすぐにマメができるのだ。かかとと指に必ず大きなマメを作る。もう痛くてしょうがないのだが我慢するしかないから、絆創膏を貼るけど今のようないいものはないからすぐはがれるし、かえってよくないこともある。

でもって、だんだん慣れてきてマメのでき方がゆるやかになって、おおしっくりいったぞと思ったら、悲しいかな、ああつま先に穴が開き、底がはがれてくるのであった。だから、もうたえずマメとの戦いなのだ。

ちょっとそれるがもう一つ戦いがあって、「ビフテキ」というヤツで、当時のグランドってもちろん土で硬くでこぼこしているので、スライディングでもしようものなら太ももの外側がもののみごとに擦りむけて、まさにビフテキ状態となる。これがまた、直りかけると決まって同じところを。ということで学生服のズボンがぐじゅぐじゅでたまにくっついてしまうのだ。おお痛い。

また話がそれた。いまはマラソンにしてもサッカーにしてもその他のスポーツのシューズはすごくよくなってびっくりする。マメができるなんて考えられなくなってきている。ところが、久しぶりに家の庭の落ち葉を竹箒で一所懸命掃いていたら、手の指の付け根にマメができてしまった。それはしょうがないか。


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コメント (2)

楽しく拝読しています。
未来創造堂の話がありましたので、つい。
エキストラたちは実はSFC出身の劇団の方たちです、というお話です。よろしければURLをチェックしてください:)

mark-wada:

あ、ホントだ。これからチェックしていこう。
彼らがいつの日か、メインキャストに名を連ねるよう応援しましょう。

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2007年03月19日 18:27に投稿されたエントリーのページです。

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