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経営者の覚悟

ホリエモンが昨日東京地裁で実刑判決を受けた。この手の事件で執行猶予もつかない実刑判決というのは異例だ。粉飾決算の例ならカネボウだとか山一證券などがあるがいずれも執行猶予がついている。

なぜこうした厳しい判決が出たかというと、ほぼ間違いなかろう起訴事実を認めていないことと反省の色が全くないことだろう。事実認定については、それはそれで裁判として争えばいいが、ここで言いたいのは経営者としての責任について認めていないことで、これにはすごく怒りを覚える。

宮内被告が勝手にやったことで自分は何も知らなかったと吼えているが、100歩譲ってそうであったとしても、お前には責任があるのだ。

近頃、経営者が不祥事があると決まって報道陣の前で頭を下げる光景を目にするが、あまり感じがいいものではないとは思うが、経営者が知らないところで部下が悪いことをしたとしても、当然監督責任が問われるのだ。それが会社というものであり、「法人」としてのヒトの振る舞いだと思う。

また、今回でも堀江は“宮内のところで売上げがすごく伸びていたことは知っていたが、それは彼にまかせてあったから信用した”というようなことを述べている。これって、経営者としては全く失格で、そこでなぜ売上げの伸びが異常であったのか、その原因は何か、そういうことを精査し、財務状況をきちんと正確に把握するのは当たり前だし、それで経営が成り立っている。

さらに、会社の人事は経営者にとっても重いもので、経営者の権限の最大のものは人事権であると同時に任命責任は非常に大きい。だから、堀江が自分で任命した部下が不正を働いたのに私には責任ありませんというようなことをよく言えるかとあきれてしまう。

極論すれば、会社の中で起きた不正はすべて組織の責任だ。経営者というのは、そうした覚悟をもって、会社をつくり、経営をしていくものなのだ。

再度、「会社はだれのものか」を書いた岩井克人の言葉を噛みしめてほしい。

会社のどまんなかには、実は、利益追求とまったく対立する経営者の「倫理」があるんですよ。これが入っていないと、そもそも会社制度がなりたたない。自己利益を追求する資本主義には、倫理が本質的に入りこんでいるというのです。

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2007年03月17日 12:39に投稿されたエントリーのページです。

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