第85回全国高校サッカー選手権決勝で盛岡商が岡山の作陽高校を2-1で破って初優勝した。戦前の予想からするとだれも優勝候補にあげていない学校が勝ってしまった。
まあ、それだけレベルは均等化したというか、全体の底上げができてきたのかもしれない。地方の格差が言われている今、高校生までのスポーツにおける力の差はあまりない、むしろ都会の子のひ弱さのほうが目立つとも言える。だから、ぼくなんかは地方の活性化のヒントはここにあるんじゃないかと思ってしまう。すなわち、スポーツと郷土愛、地方から世界へといったコンセプトはいかがでしょうか。
優勝した盛岡商のイレブンには心からおめでとうと言いたい。盛岡商の勝因はなんといっても90分間走りまわった体力とあきらめない精神力に、技術力もそれなりにあるので勝利したと思う。本当は戦術みたいなところの差を書きたいのだが、いかんせんテレビ観戦だとここが見えない。競技場で全体をながめて初めてチームとしての動きがわかるわけで、解説者が座って見ている位置と全く同じところに定点カメラを置いてもらって、それを見るというのはできないものかといつも思う。
しかし、いまどきの高校生のレベルはすごく向上していると感心させられる。やはり、Jリーグや海外のプレーを身近に見て育ったことも大きいと思う。
実は、ぼくは41年前の第44回の大会に神奈川県代表で出場しているのだ。このころはまだ大阪中心で開催されていて、メイン会場が長居競技場であった。ぼくらは一回戦が1月4日の寒い京都の西京極競技場で行われ、相手は滋賀県の甲賀高校であった。結果は思い出したくもないのですが0-0の同点で抽選負けでした。いまはPK戦というものがあるのですが、その当時はいきなり抽選で、キャプテンが呼ばれて封筒が二つうちの一つを選ぶと中に紙が入っていて確か「残念でした」とかいったことが書かれているわけです。いまだにその封筒と紙を投げ捨てるキャプテンの写真を見るとくやしくて涙がでます。
ぼくらは、その前年の関東大会で優勝していた(ナント決勝で帝京高校を破ってであった)ので、密かにいいところまでいけるかと思っていたし、新聞にもダークホース的存在と書かれてもいたので余計くやしくてしかたなかった。
その当時は、観客もまばらで、ぼくらの学校からはそれでも応援団や野球部、バレー部のやつが何人か来てくれたくらいで、もちろん親なんかだれも来なかったので、それだけとっても今の子たちがうらやましい。
このとき優勝したのが、大阪の明星高校と千葉の習志野高校の両校優勝であった。この大阪と千葉の代表の優勝というのはちょっとした異変であった。というのはこれまではほとんど、埼玉か静岡、広島といういわゆるサッカーどころの県の代表が優勝を分けあっていたのです。浦和市立、藤枝東、修道といったところです。それ以外の九州、四国、中国、北陸、東北、北海道なんていうのは弱くて、ずいぶんと力の差があった。だから、今回のように岩手県の学校の優勝なんて当時から考えると隔世の感がする。
いまは、その当時と比べると最初に言ったとおり地域差がなくなって、どこの県も優勝する力を持ってきたと言える。それと、昔は相手がサッカーどころだとつい萎縮してしまい、力が発揮できないというのがよくあったが、あるとき同じ県のチームがいいところまでいくとそこの県の子たちも自分たちもいけると思い、自信を持つようになる。だから、萎縮しなくなることと一回戦をうまくのりきると、高校生ぐらいだとあれよあれよと勝ち上がることがある。そういうことで言うとぼくは前回の岩手県代表の遠野高校がベスト4に入ったことが今回の盛岡商の優勝につながったと思えてならない。