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2007年1月 アーカイブ

2007年1月 5日

ブログのカテゴリー変更

ブログのカテゴリーを変更します。
なぜ変えるかって、そんなちゃんと理由があるわけではなく、気分とまあ収まりやすさも考慮してそうしました。
トップカテゴリーはあまり変えず、サブカテゴリーを追加しました。サブカテゴリーについての若干のコメントです。

・誰のためのITですか?

ビジネスから日常生活まで様々な領域でITを使うことは常態化してきましたが、何がなんでもITを使えばいいというわけではなく、真に役に立つものになっているのかを考えていきたいと思います。

・シネマディクトの禁断症状

「シネマディクト」というのは“映画中毒者”とでも言ったらいい造語です。まだまだ、中毒までは行っていないようですが、映画についての思いを綴っていきます。

・オヤジの本棚

オヤジがどんな本を読んでいるのか、読んできたか。また、どんな感想だったのかを残しておきたいと思います。

・スポーツ“感”戦記

今は、実際に体を動かしてできるスポーツが少なく、スポーツは観戦主体になってしまいましたが、どう感じたかをレポートしていきます。

・演芸・演劇・音楽

落語や芝居、音楽などで自分の好きなものを楽しんでいる様子が伝えられたらと思います。

・酒呑みの自己満足

山口瞳の本に「酒呑みの自己弁護」という面白いエッセイがあった。それにちなんで、「酒呑みの自己満足」と名づけました。自己弁護するのをとおり越して自己満足に陥っている姿がわかるはずです。

・食い意地の張りっぱなし

ただ漫然と食べるのではなく、例えば、ひとつのメニューを窮めるとか、料理世界一周とか、ちょっぴり工夫した面白企画「食べ歩記」をねらっています。

・乱調亭日乗

永井荷風の「断腸亭日乗」を真似てこんな名前にしてみました。まあ、雑記帳です。

正月の正しい過ごし方

最近、正月が面白くない。毎年駅伝なんかのスポーツ中継をだらだら観てしまう。それで今年は本を読むことにした。だからって駅伝は見ないかというと音を消してみることにした。ときどき本を読む目をテレビに移して順位を確認する。これで十分だし若手のアナウンサーのやかましい声が聞こえないだけでもいい。
というわけで、何冊か読んだ本を紹介します。

・「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」(村上春樹)

 以前、同世代の作家の作品は恥ずかしくて読めないと書いた。だから村上春樹の小説も読みかけのままほおってあるとも言った。しかし、ついに初期3部作を読破した。

どうして読めたか考えてみた。まず村上春樹の読者層はおそらく背広にネクタイをしめた人は少ないと思われる、そうなんです、そりゃあ会社勤めでもいいんだけど、それにどっぷりつかっていては村上春樹は読めないんじゃないかな。頭であるいは理屈で読むのではなく、ぼくは“スイングする感覚で読んでいける"かではないかと密かに思ってみた。

でぼくは今会社勤めをやめこの歳になってやっとその“ノリ”をわかったのかもしれない。

・「ウエッブ人間論」 (梅田望夫、平野啓一郎)

 梅田さんの「ウエッブ進化論」を読んでいるのでちょっと読むのを躊躇していたが、平野啓一郎との対談なので面白いかなという感じで手にする。

これ二人が噛み合っていないんです。まずそれ以前に対照的なのは、平野君は言っていることが相変わらず難解。彼の芥川賞作品「日蝕」を読んだとき全然分からなかった記憶がある。それに対し、梅田さんの言っていることは明瞭でわかりやすい。そして、梅田さんの底なしのオプティミズムに懐疑的な平野君という対立構図がなんとも愉快で、どっちが年寄りなのかわからなくなってしまう。そのあたりは、“おわりに”に梅田さんが書いてあることが端的に示しているので紹介する。

 平野は、「社会がよりよき方向に向かうために、個は何ができるか、何をすべきか」と思考する。それに対し、梅田は、「社会変化は、否応なく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で個はいかにサバイバルすべきか」を最優先に考える。

あまり書くとネタバレになるのでここまでで、じゃあお前はといわれそうなので一言。
Web2.0の世界は、“Optimism & Democracy”が前提であるが、梅田さんの超楽観主義は、同じく超楽天家のぼくも一瞬たじろいでしまうくらい明快だ。ぼくらの生い立ちから言うとおわかりでしょうが“自分たちの手で社会を変革するんだ”式思考回路のほうが自然なのだ。まあだからWeb2.0なんだろうけど。不連続の連続ということかもしれないが、あまりにも安易に変化を許容してしまうのもちょっと怖いような気がするオヤジです。

ウェブ人間論
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・「ハイ・コンセプト」(ダニエル・ピンク、大前研一訳)

サブタイトルが、“「新しいこと」を考え出す人の時代  富を約束する「6つの感性」の磨き方”となっている。この6つの感性というのは、デザイン、物語、調和、共感、遊び、生きがいのことである。この磨き方は、右脳を使えということらしい。論理的、分析的左脳タイプのひとから、統合的で感情表現や全体像の把握ができる右脳タイプへと成功するひとのタイプがシフトしていくと言っている。

左脳タイプのひとの仕事はどんどんインドなんかにとって替わられてしまい、クリエイティブな人が残るということだそうだが、この話どこかで聞いたことがあると思ったら、なんのことはないトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」に同じようなことが書いてあり、フラット化した時代に生き残れる人、すなわち自分の仕事がアウトソーシング、デジタル化、オートメーション化されない人をやはり右脳を使ってするような仕事に就いている人と規定している。

確かにわかるんだけど、この本にも単純な二元論的な世界ではないと書いてあるように、左脳もやはり大事でむしろこれがベースでそこに右脳的な部分を加味していけばいいというのが正解だ。

それとこれも単純に例えばプログラミングは左脳を働かせてやる仕事だという意見にもぼくは与さない。なぜなら、ぼくもITに関わりだしたころはそう思っていたけれど、どうも違うんじゃないかと思うようになった。それは、プログラムでもデータベースでもいいんだけれど、できたものを「これは美しい」と言うのを聞いたときからだ。全部論理的に決まったものしか生まれないと思っていたのが、作るひとによって違い、機能も含めた美的要素が大きく関係するという。

誰かが言っていたがコーディングはある種の文学だ、だから理科系の人間より文学部出身のプログラマーのほうがいいコードを書くと言っていてた、まさに至言である。

何を言いたいかというと、どんな仕事、職務でも全体をデザインする力、物語を作れる力がなくてはいけないのであって、ぼくはよく囲碁の例で言うんだけど、囲碁で重要なのは最初の布石でしょう、そこをうまく打てるかが勝敗を分けるのに、いきなり四隅の生き死にに走るひとがいる、そうじゃないでしょということです。

少し、話それたがダニエル・ピンクの言っていることは前から言われていたことだと思うが、きっとよりそれがクローズアップされる時代になったということなんだと思う。

2007年1月 8日

Web2.0的道具を使う

少しずつWeb2.0的雰囲気を味わえるようになってきたが、ブログ、mixiに続いて「はてな」に入会した。いろいろなサービスがあるんだけどまずやったのは人力検索ってやつ。これお金がかかるのでポイントを購入、「人力検索」「アンケート」「いわし」の3つのタイプがあるが、最初は「人力検索」だねということで、グーグルで分からなかった以下の質問をしてみた。

以前、銀座線溜池山王駅の近く、旧日商岩井の前のビルの地下にあった「円山」という皿うどん屋 があったのですが、いまはなくなってしまいました。そこの皿うどんがすごく気に入っていたので、もう一度食べたいと思っています。どこか別の場所に移ったのでしょうか、それとも辞めてしまったのでしょうか。この「円山」の皿うどんを食べられるところを教えてください。
さて何人が答えてくれたと思いますか、それと答えは見つかったのでしょうか。 回答者は3人で、残念ながら目的は達成されませんでした。

おそらく、はてなの回答者っていうのはオフィス街の地下にあるサラリーマン御用達風の店は知らないんじゃないかな。リンガーハットの皿うどんを奨めてくれた人がいたけどちょっとねえ。で人力検索は自分が質問するだけじゃなく、他の人が質問したのも見ることができるので、それを見ているとおもしろい。その中から、

質問

今年はちょっと神経質で打たれ弱い自分だった気がしています。
来年はいい意味で図々しく肝の太い人間を目指したいのですが、性格を変える方法を教えてください。

回答

打たれ弱いのを改善するのは、腹式呼吸をマスターすればなんとでもなります。
腹式呼吸で心を落ち着かせれば、周りが見えてきて ポジティブに生きられると思います

へえーホントと思ってしまうが、話がそれるが普通この手の質問の答えはだいたい安手のポジティブシンキングの奨めになるんだけど、腹式呼吸で性格が変えられるというわけです、おおー。

さらに話はそれて、実はぼくも似たようなことをやっているのです。知る人ぞ知る中村天風という人が言っているクンバハカ体勢で、この中村天風はまあものすごい人でその話をし出したら紙数が足りない(ブログだと何と言うのかな、スクロールができないとでも?)ので、簡単に言うと30歳で肺結核になって死を宣告されたに等しい状況になったが、それから世界中を回って最終的にインドの聖者カリワッパ師に出会い、その教えにより病気を克服し92歳まで生きた人です。さてそのとき会得したのがヨガのクンバハカ体勢というやつで、要するに(1)肛門を締め上げる (2)下腹部に気をこめる (3)肩の力を抜いておろすの3つの動作を同時に行うことで「怒り・恐れ・悲しみ」から脱し、平常心でいられるというのだ。ぼくもこれを実践しているのだが、この3つの動作を同時やるのがむずかしいので、本当にできているのか分からないところがあって、効果があったかどうかは自信がない。

つぎにRSSリーダを入れました。いちいちブックマークしたサイトやブログをチェックするのが面倒臭いのでこれで結構楽になった。さてどこのものを入れるか、はてなでも良かったのだが、誰かがgooのRSSリーダがいいと言っていたので今はそれにしています。

これだけ情報があふれているといかにその中から必要なものを抜き出すかが問われている。昔は情報を取得するのに時間がかかったのが、今は情報を“選び採る”のに時間がかかる。

求められていることは、質の高い情報をいかに早く得られるかである。その意味で昔と比べてみると、今は情報の質が高くなったのかどうかだが、それは変わらないのじゃないかと思う。ただここで言う情報は一級品のということであって、何ていうか確かに“フツーの情報”の質と量は格段に高く増えてきているし、昔だったら隠れていたものが表に出てくるようになったが、真にリーダシップをとれるようなオピニオンは、ネットとは関係ないところで存在すると思う。ネットには質の高い情報があると勘違いしないでほしい。

一方で時間のことだが、ものすごく情報があふれているということは、その中には余計な情報もいっぱいあるということでもあって、繰り返すがそこからどうやって自分にとって有用な情報を早く見つけだすかが重要になる。ちぎっては投げのネットサーフィンをしていたりすると、あとで何と時間のむだをしてしまったのだと後悔する。昔と比べいまは情報がすぐ採れるから素晴らしいといっても、ひょっとすると得た情報を整理するのにすごく時間がかかって、へたすると図書館行って調べたほうが早かったなんてことになりかねない。

今必要なことは「分類学と定義力、時々、整理術」とぼくは強く思う。
そのための道具として、「はてな」と「RSSリーダ」を使ってみた。

盛岡商優勝おめでとう!

第85回全国高校サッカー選手権決勝で盛岡商が岡山の作陽高校を2-1で破って初優勝した。戦前の予想からするとだれも優勝候補にあげていない学校が勝ってしまった。

まあ、それだけレベルは均等化したというか、全体の底上げができてきたのかもしれない。地方の格差が言われている今、高校生までのスポーツにおける力の差はあまりない、むしろ都会の子のひ弱さのほうが目立つとも言える。だから、ぼくなんかは地方の活性化のヒントはここにあるんじゃないかと思ってしまう。すなわち、スポーツと郷土愛、地方から世界へといったコンセプトはいかがでしょうか。

優勝した盛岡商のイレブンには心からおめでとうと言いたい。盛岡商の勝因はなんといっても90分間走りまわった体力とあきらめない精神力に、技術力もそれなりにあるので勝利したと思う。本当は戦術みたいなところの差を書きたいのだが、いかんせんテレビ観戦だとここが見えない。競技場で全体をながめて初めてチームとしての動きがわかるわけで、解説者が座って見ている位置と全く同じところに定点カメラを置いてもらって、それを見るというのはできないものかといつも思う。

しかし、いまどきの高校生のレベルはすごく向上していると感心させられる。やはり、Jリーグや海外のプレーを身近に見て育ったことも大きいと思う。

実は、ぼくは41年前の第44回の大会に神奈川県代表で出場しているのだ。このころはまだ大阪中心で開催されていて、メイン会場が長居競技場であった。ぼくらは一回戦が1月4日の寒い京都の西京極競技場で行われ、相手は滋賀県の甲賀高校であった。結果は思い出したくもないのですが0-0の同点で抽選負けでした。いまはPK戦というものがあるのですが、その当時はいきなり抽選で、キャプテンが呼ばれて封筒が二つうちの一つを選ぶと中に紙が入っていて確か「残念でした」とかいったことが書かれているわけです。いまだにその封筒と紙を投げ捨てるキャプテンの写真を見るとくやしくて涙がでます。

ぼくらは、その前年の関東大会で優勝していた(ナント決勝で帝京高校を破ってであった)ので、密かにいいところまでいけるかと思っていたし、新聞にもダークホース的存在と書かれてもいたので余計くやしくてしかたなかった。

その当時は、観客もまばらで、ぼくらの学校からはそれでも応援団や野球部、バレー部のやつが何人か来てくれたくらいで、もちろん親なんかだれも来なかったので、それだけとっても今の子たちがうらやましい。

このとき優勝したのが、大阪の明星高校と千葉の習志野高校の両校優勝であった。この大阪と千葉の代表の優勝というのはちょっとした異変であった。というのはこれまではほとんど、埼玉か静岡、広島といういわゆるサッカーどころの県の代表が優勝を分けあっていたのです。浦和市立、藤枝東、修道といったところです。それ以外の九州、四国、中国、北陸、東北、北海道なんていうのは弱くて、ずいぶんと力の差があった。だから、今回のように岩手県の学校の優勝なんて当時から考えると隔世の感がする。

いまは、その当時と比べると最初に言ったとおり地域差がなくなって、どこの県も優勝する力を持ってきたと言える。それと、昔は相手がサッカーどころだとつい萎縮してしまい、力が発揮できないというのがよくあったが、あるとき同じ県のチームがいいところまでいくとそこの県の子たちも自分たちもいけると思い、自信を持つようになる。だから、萎縮しなくなることと一回戦をうまくのりきると、高校生ぐらいだとあれよあれよと勝ち上がることがある。そういうことで言うとぼくは前回の岩手県代表の遠野高校がベスト4に入ったことが今回の盛岡商の優勝につながったと思えてならない。

2007年1月12日

良くも悪くもキムタクの影が

「武士の一分」は山田洋次監督の藤沢周平ものの3作目で、「盲目剣谺返し」の映画化である。どうもこれが藤沢時代劇の最終作になるらしい。

いずれの作品も下級武士が何かのきっかけで平穏な暮らしが壊され、その敵に立ち向かう話で、山田監督以外の作品の「蝉しぐれ」もそうなんだけど、それでいてみんな剣が立つので最後はやっつけてしまうというパターン。これって、飛躍しちゃうけど高倉健のヤクザ映画に似ているっていえばそうなんだ。あるとき、理不尽なこととかイジメやおどしが降ってきて耐えに耐えるんだけど最後は堪忍袋の緒が切れるってことになる。勧善懲悪ものはいつの世でも受けるんだね。

それで「武士の一分」だけどその最後の立ち上がる大儀というか意地というか、そこが“武士の一分”と言うことだそうだ。いまじゃ何というのかな、“サラリーマンの一分”、“教師の一分”、“お役人の一分”なんて言うのかなあ。え、そんなものはないって、だから今いろいろな問題が起きているってわけか。

主人公の三村新之丞を演じたのが木村拓哉だが、結局この配役が映画の評価に大きく影響したような気がする。単純にキムタクのファンや好ましく思っている人にとっては、名演技であり、非常にいい映画であるが、そうでない人にとっては単に人気者を抜擢しただけじゃんという思いがあるような気がする。だから、山田監督は何故キムタクを起用したかが理解できない。

と言っているぼくは評価していないかというとビミョーです。マイナス要素は、いつもテレビに出ていたりして露出度が高いだけ、固有イメージが頭に残ってしまうので、なかなかそれを振り払えないことです。だから、例えば、お毒見役の侍が並んで座っていると中で華やかに光っちゃうし、釣りをしている子供を茶化すシーンもテレビのバラエティを見ているようで、そこが藤沢周平の世界を演じるにはちと気になってしまう。

藤沢周平は名もない武士が平凡で慎ましやかな生活をしている中で起こるできごとを小説にしているので、むしろ反対に歴史上の英雄を描く司馬遼太郎の小説の映画のほうが似合っているのもしれない。

だからと言ってキムタクはだめだというわけではなく、結構がんばっているのであって、名前で損しているところがあると感じたのです。やっぱ、映画に出るひとはテレビやCMにあまり出てはいけませんね。
そう思うと、逆に全然知らなかった檀れいや最近ちょっと売れ出したがほとんど知られていない笹野高史がすごく良かった。

作品としては、さすが山田洋次だからよくできています。この作品は主に東宝の砧撮影所で撮ったものですが、今はスタッフを集めるのが大変なんだそうですね。昔は撮影所に所属するスタッフがいたわけで、山田洋次は松竹だから今はなき大船撮影所には気心の知れたスタッフが大勢いてそのひとたちと一緒に「男はつらいよ」とか「学校」とかを撮っていたのが、今はばらばらになってしまい、今回でも砧撮影所にもいませんから、寄せ集めて作ったそうで、そうした苦労を考えるとなおさら良くできたと言ってやりたいと思います。

それにしてもああ、SMAPのキムタクの影が。

2007年1月13日

藤沢周平の世界

映画「武士の一分」について書いたので、藤沢周平についても書いておきたくなった。最近「週刊藤沢周平の世界」という本が発刊され、創刊第一号が「蝉しぐれ」であった。作家の名前の週刊誌というのはどういうものか読んでいないのでわからないが、週刊誌が作られてしまう藤沢周平はすごいなと思う。

こんなのは藤沢周平くらいかなと思っていたら、「週刊司馬遼太郎街道をゆく」があった、さすが司馬遼太郎だ。やはり、現代ではこの二人が双璧かもしれない。

佐高信の著作「司馬遼太郎と藤沢周平 「歴史と人間」をどう読むか」では、もともと佐高は山形県出身や反権力ということもあり、藤沢周平に肩入れした書き方であまり気持ちよくないのだが、二人の目線について書いていて、要は司馬は上から歴史をみている、すなわち権力者側から鳥瞰している、それに反し、藤沢は下から、庶民の目で歴史をみているというようなことを言っている。確かに、司馬の描く小説のほとんどには歴史上の人物が主人公であるが、藤沢のそれは、一介の武士が主人公となっている。だからといってどちらがいいかではなく両方とも読みごたえのある小説家であることは間違いない。

藤沢周平の代表作というと、「蝉しぐれ」、「用心棒日月抄」「たそがれ清兵衛」「隠し剣」シリーズなどがあるが、ぼくが好きな作品は、「三屋清左衛門残日録」、「海鳴り」、「ただ一撃」(暗殺の年輪に収蔵)も3本です。「海鳴り」、「ただ一撃」はどちらかというと他の作品と趣が違っていて、ぼくは藤沢周平が司馬遼太郎と違うところは、むしろこういう作品を書けることではないかと思っている。「海鳴り」は不倫の話で江戸版「愛の流刑地」(大げさか)です。「ただ一撃」は読んでいる人少ないかもしれませんが、あっと驚く結末で飄々としたところがすごく好きなところです。

「三屋清左衛門残日録」は、この歳になると身につまされる小説で、よってこのブログも言ってみれば「mark-wada残日録」でもありますのでよろしく。

ぼくは、こうした時代小説というもので絶対に読んでおいたほうがいい作家が三人いる。前述の藤沢周平、司馬遼太郎と塩野七生である。それぞれ、下級武士あるいは庶民から見た歴史、日本の国全体の大きな流れとして描かれた歴史、世界の中心としてのヨーロッパの歴史が圧倒される知識と筆力でせまってくる。作品は膨大な数になるので全部読むのは大変です。もちろんぼくも読みきっているわけではないのですが、これからできるだけ読み込んでいきたいと思うのであります。

2007年1月14日

情報管理ということ

このまえのブログでこの情報の洪水のなかで重要なのは、「分類学と定義力、時々、整理術」と書いた。このあたりを現実の今のわれわれの知的作業で具体的にどうやっていくのかを考えている。

あの有名な梅棹忠夫の「知的生産の技術」が刊行されたのが1969年であるが、それから40年近い年月が経過し、また知的作業に使う道具もすごく変わっている、特にパソコンの登場による変化はすさまじいものがある。従っていまこの時代における新たな知的生産の技術はどうあるべきかをよく考えてみる必要がある。

こうしたことを考えるときに陥りやすいことは、つい情報の分類の仕方やツールそのものの話になることである。例えば、すぐに、taxonomyからfolksonomyへのシフトだとかディレクトリーからタグだとかという議論になる。その前に、いったいわれわれは情報を扱うとき何のためにその情報を取得するのかという目的の設定とそれをいかに効率的に処理するにはどういうプロセスがいいのかということが大事である。もう少し言い方を変えると、分類というとすぐに集めた情報・データをどうい分類名で格納するかを言ってしまうが、そうではなくて、自分の行おうとしている作業を分類し、その分類された作業に必要な情報を採ってくるという、逆のアプローチで考えるべきだと思う。

そんなことを考えているとき、朝日新書から出ている「情報のさばき方」(外岡秀俊著)という本を読んでみた。著者の外岡秀俊は現在朝日新聞の東京本社編集局長(要するに朝日の新聞記者のトップ)の要職にある人で、その人が長い記者生活の経験から、情報をどう扱うかを、「つかむ=収集」「読む=分析・加工」「伝える=発信」の3つのプロセスに切り分けて書いてある。このプロセスに分けて解説しているところに惹かれたのだが、やはり新聞記者向けに書かれているところがあって、いくぶん物足りなさを感じた。

そこで、他にいい本はないかと思っていたら、そうだ野口悠起雄の「「超」整理法」だ。もう一度読み直してみる。この本の趣旨は、「整理は分類なり」という固定観念から抜け出し、「情報を整理せずにすます方法」を提案している。具体的には、情報をただ時間軸というキーワードだけで分類する、ファイルを日付とタイトルだけ書いた封筒に入れ、それを本棚に時系列で順番に並べておくという方法である。確かに一生懸分類してそこに保存してもほとんど使われなかったというような経験は誰しももっているのではないでしょうか。だいいち、その分類名を考えるだけで大変でなかなか決められなかったり、決まったとしても実際の情報をどこに入れたらいいのか分からなくなるという問題を本質的に抱えている。だから、最初からそんなことはやめて、どんどん情報を投げ込めばいいということで、しかも近年はコンピュータの検索技術がすごいから、そこに預ければいいという発想です。

こうした発想は、今の環境では十分説得性のある考えかたと皆さん思われますが、この本が発刊されたのが1993年だから、その当時はインターネットの活用がまだできていない時であったため、今日のこの時点での状況からみるとこの本でも物足らなさがある。

それと、この本にも書いてあるとおり、“業務の中で情報をいかに収集・保存・検索し、それを用いて創造的な仕事を行うかという、より広義の方法論を確立する必要がある”のは確かだが、むしろ初めのほうでも言ったように、逆のアプローチである“創造的な仕事をするために、必要な情報を検索しそれを活用していくための方法論を確立していく必要がある”というのがぼくの意見だ。

この知的生産のためのプロセスをどうシステム化するのかをこれから探っていきたい。それがあってこそfolksonomyやtaggingなのではないでしょうか。

会ったことがない昔の知り合い

外岡秀俊が書いた「情報のさばき方」という本の紹介をして、少々目的と違ったと言いましたが、しかし、新聞記事の書き方だとか、記者魂だとかの話は面白く、それからは新聞をああこういう風にして記事を書いているんだなあとか思って読んでいます。要するに読み手の目的と合致しなかっただけのことです。

この外岡秀俊という人をぼくは30年も前から知っています。知っているといっても会ったことがあるわけでもなく、たしか昭和51年度文藝賞を「北帰行」という作品で受賞したことを知っているだけだ。もうその作品の内容は石川啄木のことを書いたものであったなあぐらいしか覚えていないが、そのときの外岡秀俊がまだぼくより年下で東大法学部4年在学中の23歳であったことに衝撃を受けたことを鮮明に記憶している。だから、その後朝日の記者になっても、彼の署名記事を読むたびにあの外岡秀俊が書いていると無意識に追いかけていた。

似たような話で、寺脇研のことがある。やはり東大法学部出身の文科省のお役人で有名なゆとり教育の推進者であったが、昨今ゆとり教育の批判の矛先が彼のところに行き、昨年退官してしまった。ところがこの人、別の顔を持っていて、それは映画評論家なんです。これも30年も前のことですが、「キネマ旬報」という雑誌に読者の投稿欄があり、そこに映画評を載せてくれる。ここによく載っていたのが寺脇研の映画評なのです。常連だったんです。実はぼくもキネマ旬報に何度か投稿したのですが、全く採用されずに自分の才能のなさにがっかりしたものです。ですからよく覚えていて、その後、新聞等で彼の名前がでるたびにあの寺脇研だと意識していたわけです。

こういうことってありですよね。結局、過去の自分の確認と時間の経過を知るために、こんなマークの仕方もあるということです。


2007年1月17日

B級グルメの推奨店

東京国際フォーラムで開かれている「ベンチャーフェアJapan‘07」に行ってきた。全国から240ものベンチャー企業が出展していているマッチングイベントでジャンルも製造技術から医療・福祉、環境、バイオ、情報通信など様々な分野の製品・技術・サービスを見ることができ、またビジネスの展開も可能である。ぼくは、情報通信関連で何か面白いものがないかをさぐることと、「会社づくりはドラマだ!」というパネルディスカッションを聞くことを目的で行った。

面白かったのは、パネルディスカッションでパネラーがサイボウズ社長の青野慶久、早稲田大学院教授の寺本義也、ジャーナリストの三神万里子でモデレータが日経BPの樋口一郎という布陣。主に青野社長がサイボウズ社の立ち上げから東証一部上場までの苦労に対してほかのひとがコメントするという進行であったが、結論的な話でいうと、やはり大事なことは“会社を起して本当に何をやりたいかを持っていること”であって、お金儲けをしようだとか、社長になりたいだとかといった動機では会社を継続的に発展させることができないというのが締めの言葉。途中、青野社長はいまでもママチャリで通っているとか、MBAを採ってサスペンダーをしているやつはろくなやつがいないだとかの話があってあっという間の1時間半であった。

このあと、夜の席までちょっと時間があったので八重洲のブックセンターでコンポーネント開発と情報管理の本を捜しにいく。すごくうれしいのはブックセンターには、窓際のところに机と椅子を置いてくれていることで、数冊の本を抱え込んでしばらくぺらぺらとめくっていたら、つい本格的に読み出してしまった。で結局買わずに帰ってしまった、ごめんなさい。

夜は新橋で大学の後輩のK君と待ち合わせ。もう10年以上会っていなかったがすぐに普段会っている感じになった。こういうのが学生時代の友達なんですね。

入った店が烏森口からすぐのところにある「一味 玲玲」という中国家庭料理の店です。ここは何といっても餃子です。いつも水餃子、蒸餃子、焼餃子の3点セットを頼みますが、これがまたジューシーでホント旨いです。大連から来たオバちゃん(といっても若い)が自分で全部作っているので、まさに家庭料理です。餃子以外にもおいしいものばかりで、ここの料理を食べると生き返ったような気分になります。

今の場所にきたのが3年くらい前になるが、その以前の店も新橋にあってもっと狭くカウンター形式だったので、オバちゃんと会話しながら目の前にある大皿から好きなものを選ぶ喜びがあったけど、いまは広くなったのはいいがテーブル席だけになったので以前の楽しみがなくなってしまった。でも味は落ちていないので昨日も大満足。

B級グルメの店ってこういう店のことじゃないかと思ってしまう。何がA級で何がB級なのかなんだけど、高級料理ではなく、店の名前があまり知られていないがすごく旨いものを出す店としておきましょう。ぼくは、密かにmy ProjectX としてこの店を売り出そうかなと思っている。

中国料理でおなかが一杯になったところで「もんぢゅーる」に寄る。ここでK君の“ノルウエー話”で盛り上がる。K君はしばらく前まで仕事でノルウエーに4年近く住んでいたことがあって、マスター夫妻も旅行でノルウエーに行ったことがあるので話がはずんだわけです。結構ノルウエーのいいことばかり言っていたが、最後にこれから永く住むんだったらスペインとかがいいんだって。やっぱ冬は耐えられないのだそうだ。一同納得。

帰り際にいつもの常連のひとたちと久しぶりに会う。さらに柳家小里ん師匠からお年賀の手拭をもらいいい気持ちで店を出たのであります。

2007年1月19日

雰囲気だけでも歌舞伎

歌舞伎を観たことありますか?
若い人はなかなか観る機会もないかもしれませんが、そうでない人も映画を観るようにはいかないかもしれませんね。

昨夜あるひとと会食することになっていて、その店がちょうど歌舞伎座の裏にあった。ということで久しぶりに歌舞伎でも観てやろうと早めに出かけた。観るといってもちゃんと通しでみるには時間もお金もかかるので、ぼくはいつも一幕見席というやつで、一幕だけ観ることができるシステムを利用する。1500円で最上階の4階の席である。

観た演目は、夜の部の最初にやる「廓三番叟(くるわさんばそう)」という華やかな祝祭舞踊と「金閣寺」です。「金閣寺」には、松本幸四郎、中村吉右衛門、坂東玉三郎という豪華な布陣。

一幕見席というのは何しろ4階から見下ろすのでポツンと見えるし、声も聞き取りにくいので何となく芝居をしているなという感じ。しかし、歌舞伎はこれでも十分堪能できる。舞台も豪華で華やかだし、役者の振る舞いも大げさだし、定番の劇であるということも含めて雰囲気を味わうことでいいんじゃないでしょうか。

会食は、「越州銀座店」というところで新潟の料理、酒をいただく。ここは酒も旨いが酒の肴はなおいい。そのあと8丁目の“パパさんのいるクラブ”で軽く呑んで帰る。

2007年1月20日

Web2.0と企業情報システムの接点が見えてきた

ぼくはつい去年まで10年間くらい企業情報システムのことばかりを考えてきたが、このところWeb2.0に絡みだしてから、Webの世界とEnterpriseの世界の違いや関連性を見ながら相互乗り入れの可能性を探っている。梅田望夫さん風にいえば、あちら側の世界とこちら側の世界ということになるが、ここの隙間を埋めてやろう、それぞれの世界の橋渡しをしてやろうと意気込んでみたが、なかなか答えを見出すところまでは行けていない。

一方で手をこまねいても始まらないので、接近させる糸口として、「情報管理」というか「知的生産プロセス」というか、そんな領域でWeb2.0的考え方、技術などを適用し企業内の情報システムができないかを考えていた。

ところが、いろいろ調査して見ると今言ったようなことがひとつに集約されてきそうな気配がある。いや正確に言うと、こうしたことを全部統合的に考えている人がいたのだ。その人の名は、「Ismael Ghalimi」という。BPM(Business Process Management)ソフトウェアの開発を手がけている「Intalio」という会社の共同創業者です。

彼がいま力を入れていることをキーワードでいうと、BPM2.0、Office2.0、BPEL-BPMN、Zero Code、One-Click-Deploy etc 、そして、必要なWeb2.0の技術として、AJAX、RSS feed、Weblog、wiki、Webベースカレンダー、REST APIなどを挙げています。

まさに、Web2.0とEnterpriseシステムの融合、Webサービスを組合わせてプロセスを作っていくといった世界が見えてきたような気がする。

これからこのあたりの動向や実際のシステム化について考えていきたいと思います。まずはイントロだけを。

2007年1月21日

レティシアがいた

ぼくは、mixiのコミュで「冒険者たち」というのに参加しています。これは映画「冒険者たち」が好きな映画ファンの集まりなんですが、そこで、映画の「レティシア」役のジョアンナ・シムカスが唄っている映像を見つけました。Youtubeにあるんですよねえ。もううれしくなってしまいました。あの美しい瞳が映画ではない映像で見られるとは驚きです。

ジョアンナ・シムカスは、1943年生まれだから今63歳ということになる。1976年にあのシドニー・ポアチエと結婚して2児の母親です。映画界をさっさとやめて家庭にはいってしまった。人気絶頂の時でこれから大スターになって、彼女の魅力を堪能できると思っていたから、その思いっきりのよさにびっくりしたことを覚えています。

さらに驚いたのは結婚した相手がシドニー・ポアチエだったからです。いまの時代はそうではないでしょうが、当時の雰囲気ではフランスの女性がいくらスターといえ黒人男性と結婚するということは、常識では考えられないことであり、皆びっくりしたものでした。

ここで、その黒人と白人という組み合わせに絡めて無理やりこじつけた話をする。

2001年度のアカデミー主演女優賞をもらったのがハル・ベリーである。アカデミー賞主演女優賞で有色人種の女優が受賞したのは彼女が初めてだった。(ちなみ主演男優賞を初めて手にした黒人俳優は、1963年に「野のユリ」で受賞したシドニー・ポアチエです) このときの出演作が「チョコレート」という映画で、元看守の白人男と死刑囚の妻だったチョコレート色した肌を持つ黒人の女の恋愛を南部の田舎町を舞台に描いた秀作でした。

この作品でハル・ベリーが演じた死刑囚の妻の名が「レティシア」だったのだ。また、元看守が刑務所をやめて開いたガソリンスタンドにも「レティシア」の看板をかかげさせている。ぼくは、勝手に思っているんだけど、この監督、マーク・フォスターっていうが、絶対「冒険者たち」のファンのはずだ。だから、ひそかにmixiのコミュにお誘いしようかと思っている。

ここで白人と有色人種のことだが、ついちょっと前のテレビ番組で、”秋田の人はなぜ色白なのか”というようなテーマで、その謎に迫る風なことをやっていて、そこで面白い話を聞いた。実はちゃんと理由があって、黒海の近くにコーカサス地方というのがあるんですが、昔そこから秋田に移住した人たちがいて、その人たちと交わって今の色白美人が生まれたとのこと。コーカサスというのはすきとおった真っ白な肌をもった美人が多いことで知られているところです。そういうことを知ると肌の色がどうのこうの言うのも何かむなしくなってしまう。そんなこともまた無理やりこじつけてしまった。

2007年1月27日

考えよう地域の情報化

「ウェブが創る新しい郷土」という本を読む。著者は丸田一という地域情報化のフリーの研究者です。テーマはネットとメディアで地域の活性化を図れというもの。

前半は、地方における境界や中心商店街の消滅のことや地域の情報化とは何かが書かれている。空間をデザインする都市計画と集団をデザインする地域情報化の対比のなかで、ともに「活動の場」のプログラムでありながら、参加者の「場の利用」をコントロールする都市計画に対して、参加者自身に「場の設計」を促進し、運用させるのが地域情報化であると規定している。地域における活動の場には、「地域プラットフォーム」と「地域メディア」があり、それにより地域活力の向上と地域実体の回復が期待できるとしている。

とここまでの解説はまあなるほどと思わせるが、後半の事例の紹介から俄然面白くなる。ここで紹介されている事例は、“対話の共同体”として、「シニアSOHO普及サロン・三鷹」、「富山インターネット市民塾」、「鳳雛塾」、“想像の共同体”として、「佐渡のお笑い島計画」、「PACと住民ディレクター活動」、「地域SNS」である。詳しくは本を読んでみるのが一番で、ぼくだけかもしれないが先進的な地方で様々な挑戦を行い、成功した事例があることを知って驚いてしまった。

ここで、感じたことは、インターネットやテレビなどを従来型の使い方から創意工夫により変えていっていることである。具体的には、地域限定的なSNSであり、テレビは見るものから使うものへの変化である。このような事例を見ていくと地域の活性化は、インターネットや放送という技術を物理的に近接しているという地域独自の空間の中でうまく道具として使い、そこに住む人たちが主体的に活動することで達成できるのではないだろうか。

ぼくもWeb2.0を考えるとき、グローバルに見る見方の対極としてのローカル性も注目していたが、この本を読んで頭の中が整理できた。ぜひ一読をおすすめしたい好著です。

2007年1月29日

インドの衝撃

昨日、NHKスペシャルで「インドの衝撃」というのをやっていた。第一回目は、「わき上がる頭脳パワー」でIT産業を中心に躍進するインドの姿を映し出したものです。前に紹介したトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」に書かれていることが映像として実感した。フリードマンやその本に出てくるインフォシスという会社のCEOであるナンダン・ニレカニも登場する。本を読んでいたのでだいたいのことはわかっていたが、あらためて衝撃を受けた。

特にIIT(インド工科大学)を頂点とした教育のシステムや教え方は驚きであった。論理的思考を徹底的に鍛える独自の教育から多くの優秀な人材が生み出されていく様は、世界中の技術系人材はインドから輩出されるのではないかと思わせる。日本では、理科離れが顕著だが、科学的な思考プロセスを学ぶことの大切さに気がつかないと大変なことになる。

と思いつつ、ふと、待てよもう少し前は日本人も似たようなことを言われていたのではないかなという気がした。日本人の優秀さや勤勉さが称賛され、これからは日本の時代だ、ジャパンアズナンバーワンだと言われたこともあった。ここで共通するのは、どうも上昇志向という熱気じゃないかと思う。番組でも、田舎の貧しいところからIITを受験する子が出ていたが、その子は村の期待を一身に背負っていて、IITを出て成功したら、村に学校を作るのが夢と語っていた姿を見ると、単純にいい学校を出て金を稼ぐのだという経済観に納得してしまう。今の日本でこうした豊かさへの希求を皆がもっているのかと考えると、少なくとも国全体の熱気みたいなものもなくなってしまっている。しかし、かつて貧しかったころの日本には、田舎から出てきていい大学を出て、いい会社に勤め、田舎の親や兄弟の暮らしをよくしようと志した若者が多くいた。

だからといって、インドがよくて日本が悪いなんて言っているわけではない。国が発展していく過程として、発展途上なのか、成熟したのかという話で、発展途上では必ず物質的豊かさの追求が先行するし、その豊かさを手に入れたくて勉強もし、一生懸命働くし、そうした上昇志向の熱気が渦巻く。インドはそんなときを迎えているということだと思う。だから、いずれ日本のようにある程度豊かになったときどうなるのか興味がわく。

いずれにしろ、現在のインドはすごいことになっている。このすごさは、これまでの日本や中国などと違う。その違いをもたらしているものはというと、頭脳パワーもさることながら、ぼくは「IT」と「英語」だと思う。しかもこの二つはグローバルに通用する武器だから、またたく間に世界中を席巻してしまうのである。

もうかれこれ5年くらい前にシリコンバレーに行ったとき、やたらカレー屋さんが多く、なぜかと聞いたらここにはインド人が多いからという答えであった。そのうち、日本にもカレー屋さんが増えてくるんじゃないでしょうか。

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