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家族がゆれる

「アカルイミライ」が映画初出演だったオダギリジョーが主演している「ゆれる」を観る。最初は「父親たちの星条旗」にしようかと迷ったが、”好評により上映期間延長”という惹句につられて「ゆれる」にした。見損なわないでよかった実に素晴らしい映画であった。

監督は、西川美和というまだ若い女流監督で、『蛇イチゴ』(02年)でオリジナル脚本・監督デビューを果たし、毎日映画コンクール・脚本賞のほか、その年の数々の国内映画賞の新人賞を獲得した新進気鋭のひとです。この監督がすごい、映画の作り方がちゃんとわかっている感じ、ひとつひとつのカットがきちんと撮れて意味があり、ストーリー展開も無理がない、キャストの選定もいい、ベタほめですなあ。

もううれしくなったのは、重要な小道具として8ミリ映写機が登場するところなんだけど、ぼくも昔同じFujicaScopeを使っていて、映画と同じように子供の映像を撮ってライブラリーとして残しておいたのだ。(ゆーすけべー日記にも書いてある) 映画のなかの8ミリ撮影した時期の設定が昭和55年なので、ぼくが映写機を買ったのは昭和56年だから、そうなんですよ、あの頃は8ミリカメラと映写機だったんです。

映画のキャッチコピーが「あの橋を渡るまでは兄弟でした」、すなわち兄弟がある事件をきっかけに、わかっているようでわかっていなかった、知っているようで知っていなかった、深層に隠れた思いが表れてくるといった心理的な葛藤、それが裁判という場であきらかになる。がしかし、事実は真実を語るわけではない、真実とはいったい何なのかが、結局わからない。このあたりの男同士の微妙な関係を女である西川監督がよく描けたなあと感心してしまう。

ぼくは、弟がひとりいるし、また自分の子供も男ふたりの兄弟だし、ぼくの親父も男兄弟で育ったというっこともあり、すごく考えさせられてしまった。すくなくともぼくの周りの兄弟は、一般的な言い方の仲のいい兄弟というわけではない。べたべた一緒に何かするわけでもなく、しょっちゅう行き来しているわけでもなく、たまに会話するくらいだ。しかし、だからといって仲が悪いわけでもないので、映画のような状況になったらどうなるんだと恐ろしくなる。

映画を素晴らしくしたものとしてキャストがまたいいのだ。弟役のオダギリジョーもいいし、何といっても兄役の香川照之がその屈折した感情表現や抑えた演技、最後の笑顔などすごい。この役者さんはみなさんあまり知らないと思うが、ぼくはだいぶ前に中国の映画で「鬼が来た!」というのがあってそこで日本兵役の香川照之を見てなんだコイツはと思ったことがある。今回もこの役を演じられるのは自分しかいないと言ったそうだが、それもうなづけるできばえ。脇を固めるほかの役者さんたちもみな良かった。

この映画は、主に兄弟を描いているがもっと広くみると家族の映画である。家族があってそのなかの兄弟というふうに捉えるべきであり、そうみると父親やその兄弟あるいは死んだ母親もまた「ゆれる」関係でもある。しょせん家族は「ゆれる」関係性から成り立っているということかもしれない。

  

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コメント (2)

こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
8ミリ映写機の昔の広告もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

コメントありがとうございます。
ブログ見ました。
貴重な資料がたくさんあり、懐かしく昔を思い出しました。

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2006年11月17日 12:42に投稿されたエントリーのページです。

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