« システムがほしいのではなくサービスがほしいのです | メイン | 親子で紐解くWeb2.0 - 親父から息子へ »

料理の量の問題について考える

この間、久しぶりに東京に出て、用件がわりと早めに終わったので4時半頃から呑み出す。以前勤め人だった頃あこがれたみんなが働いているときに酒を呑むという楽しみを味わった。

築地の「さらしなの里」で玉子焼きとそばみそをつまみに菊正の樽をいただく。いつもより酔いが早いような気がしたが願いがかなったうれしさからかもしれない。「さらしなの里」は明治32年創業の老舗で、築地の新鮮な素材もあり、そばも旨いので「ソバ屋で憩う」にはいいところです。締めでもりを食べたが、これが量が多くておいしくてうれしかった。有名なそばやは概して量が少なく、1枚では物足りないことがよくあるが、この店はしっかりと量があった。

量といえば、そのちょっと前に銀行にいく用事があって鎌倉駅の近くまで行ったので、「なかむら庵」で腰の強いそばでも食べようかと小町通りを歩いていたら、ふとそうだ「キャラウエイ」のカレーを食べようと思ったのだ。昼もかなり過ぎていたので待たずに入れて、すぐにチキンを注文。ここの店はカレーのおいしさもあるが、何といってもライスの多さが半端じゃない。だから、おばさんたちは小を頼むのだけどそれでも多いと言いながら食べています。ぼくは普通のヤツを頼んだので、昔は平気で食べていたが、待てよ今でも食べきれるかなとふと不安になった。さて、どーんとでてきました。ところが、全部平気で食べてしまいました。もう、TVチャンピオンのジャイアント白田の気分でしたね。

まあおいしいものは少ないよりは多いほうがいいなあという感じですかねえ。でもよくテレビなんかで紹介される極端なヤツは困りますが。

ところが、食べきれないくらいにどーんと出されても困るものがあるんです。それは刺身なんです。実はぼくがよく行く新橋にある魚を出してくれる呑み屋があるのですが、そこはいつも黙っていても大間のまぐろや関あじ、関さば、岩がき、うに(これが箱ごと出てくる)などいろんな魚や貝の刺身を盛り合わせてくれるのだけど、その量が多いのだ。残しちゃいけないと思って食べるのだが、刺身ってそんなに一杯食べられるものではないんです。いつもそこのおやじに”食い物というのはあとちょっと食べたいなというところで止めるのが一番おいしい食べ方なんだぞ”と言うのだが、いつ行ってもああもったいないなと思いながら残してしまうのだ。

結局、ちょうどいい具合な量で満足するっていうことはほとんどないのじゃなでしょうか。いつも、もうちょっと食べたかったとかちょっと頼みすぎたかなということを繰り返しているというわけです。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://kamawada.com/~masanori/blog/mt/mt-tb.cgi/18

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2006年10月14日 18:25に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「システムがほしいのではなくサービスがほしいのです」です。

次の投稿は「親子で紐解くWeb2.0 - 親父から息子へ」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type