いままで忙しくてほったらかしたままで気になってしかたなかった自分の部屋の本棚の整理を始めた。ぼくはだいたい本にカバーをかけて読むので、読んでいる途中のものはもちろんのこと読み終わったあともカバーをつけたまま積んでおくことになる。だから、どんな本が置いてあるのかわからなくなってしまっていた。そこで、全部カバーを外して並べてみたわけです。
そうしたら、へえーこんな本があったんだ、あっこれはおもしろかったなあという具合にしばし片付けるどころではなくなり、いろいろな本をぺらぺらめくり出したが、ある一冊の本が目にとまり読みふけってしまった。永井明著の「ただ、ふらふらと 酔いどれドクター最後の日誌」で、前回柳家小里ん師匠のことを書いたあとだったので、特に印象深く思い出した。
そこで今からあまり知られていない永井明と柳家小里んにまつわる「ちょっといい話」を書く。
永井明は一昨年の七夕の日に56歳の若さで亡くなったが、「ぼくが医者をやめた理由」という本をはじめとして、医者と患者に関係する本を出し、またスローライフを薦め、自らも実践したひとです。若いひとはテレビドラマにもなったビッグコミックの「医龍」の原案を書いたひとといったほうがわかるかもしれません。実はこの永井先生はぼくの行きつけの店の常連さんだったのです。もうだいぶ前になりますが、その店に行き出してすぐの頃、そこのマスターの奥さんから”Asahi.com”のコラムに永井明がその店のことを書いているので読んでと言ってそのコピーを見せてくれた。正直言ってぼくはそれまで永井明という名前は、本屋の文庫棚に置いてあるのを見た程度で何も知らないに等しかった。
でさっそく「ぼくが医者をやめた理由」を買ってきて読んだのですが、あるとき読みかけの本を持って店で呑んでいたら永井明がひとりで入ってきたのです。すかさず、持っていた本にサインしてもらい、少し酔っていたせいで読んだ感想をえらそうに言って苦笑させてしまいました。それが、永井明との最初の出会いです。
それからの永井先生のことはまた別の機会に譲るとして、さてちょっといい話のことです。
永井先生は、肝臓ガンで亡くなられたのですが、入院や延命治療もせず、亡くなられる少し前もさすがにあまり呑めませんでしたが普段通り呑みに来ていたし、医者でありながら(いや医者をやめたからなのかもしれませんが)医療を拒否し天命を全うする姿に非常に感動しました。この話はすごくいい話で、ちょっといい話はこれからです。
先生がもう命の火が消えそうだというときに、最後に落語聴きたいと言ったそうです。先生は落語が好きで船医をしているときは船の上で落語のCDを聞きながら一杯呑むのが楽しいと語っていたし、落語会で姿を見かけることもありました。聞きたい落語はもちろん柳家小里んの噺です。永井先生と小里ん師匠は同じ店での呑み仲間で友達なのです。付き添っていたマスターの井上さんがすぐに小里ん師匠に連絡をとったのですが、あいにく北海道かどこか遠くにいたんです。師匠はすぐに戻ることにし、さてもうすぐ臨終というひとの枕もとで一体どんな噺をすればよいのか。やっと間に合って帰ってきて思い切って噺を始めました。
それは「親子酒」でした。”もうむちゃくちゃにぎやかなものにしようと思って” あとで小里ん師匠が井上さんに語ったそうです。それからしばらくして亡くなったのです。
もう2年以上も経ってしまったが、いまでも静かにギムレットを呑む永井先生の姿が目に浮かんできます。
コメント (1)
いつも楽しく読んでいます。
すごくいい話とちょっといい話、満喫しました。
こうやってその二つの話がお披露目されて、
もうこのエントリー自体がいい話ですね。
いろんな方の生き様が、それぞれ報われていると思いました。
投稿者: harucat | 2006年10月02日 20:42
日時: 2006年10月02日 20:42