池袋演芸場で柳家小里んの独演会があった。演目は「首提灯」と「子別れ」。両方とも面白かったが、人情噺の「子別れ」がよかった。味がでてきていい感じになってきた。小里んさんは年2回の独演会と東西三人の会といって、笑福亭松喬さん、古今亭 志ん橋さんと一緒の落語会をやっていて、ぼくはだいたい行くことにしている。柳家小里んはかの有名な5代目小さんの弟子で小せんや小三治、今度6代目小さんを襲名した三語楼(5代目小さんの実子)らの弟弟子にあたる。風貌が先代小さんに似ていて小さんの弟子以外なにものでもないと思える。
実は、ぼくは小里ん師匠(呼び方がだんだん変わってくる)とたまにですが、行きつけの店で隣あわせで呑むことがある。ぼくは基本的にはひとりで呑むことにしているが、師匠もひとりでやって来る。歳もほぼ一緒くらいなので(師匠が一つ上)、けっこう話が合って、いつも楽しいお酒になります。落語もブームみたいでけっこうお客さん来るようになって喜んでいましたが、特に若いひとが増えてくるのはいいのだけど、「長瀬君はいつ出てくるの」と言われてびっくりしたという落語のような話もしてくれます。
よく世の中狭いなあと言いますが、この店でもおもしろいことがあって、あるとき2~3回くらい一緒になったひとでHさんというかなり高齢のかたがいて、何回目かに世間話をしていたとき住んでいる場所の話になったんですが、何とそのひとはぼくのうちから200mくらいしか離れていないところに住んでいたのです。まあ、こんな話や何回か一緒に呑んでいたんだけど実は同級生だったということがあとで判明したといったたぐいの話も聞くことがあります。
さて、小里ん師匠のことですが、あるとき小さんの剣道の話になって、5代目小さんは北辰一刀流剣道7段の腕前なので弟子には剣道を習わせたということや小さんの剣道の先生に鈴木先生という師範がいたなどの話題となった。そこで、世の中狭いなあという話です。
ぼくは、昔サッカーをやっていて、高校生のときの顧問の先生が鈴木中先生といって少し前まで神奈川県のサッカー協会長をやられた方で、このあいだのドイツのワールドカップも自分でツアーを組んで行ってしまうほど元気な方なのですが、その先生のお父さんがかの鈴木師範だったのです。ということで、小里ん師匠とぼくは同じ鈴木先生の孫弟子にあたるということがわかったわけです。もちろんさらに酒が進んだのは言うまでもありません。
追っかけではありませんが、これからも柳家小里んの落語を見守って行こうと思います。よく、志ん朝と同時代に生きられて幸せだったとか言うように、確かに落語というのはあとでCDで聞くこともできますが、リアルタイムに高座を見て聞かないとほんとうのよさはわかりません。誰か好きなあるいはこだわる落語家をみつけその噺家を軸に落語全体をみていくというのも悪くないと思うのでお薦めです。
コメント (1)
小里ん師匠の独演会を探して、ここにたどり着きました。
SARUと申します。よろしくお願いいたします。
7月の池袋のトリの時に、聴いた小里ん師匠の「棒鱈」は、柳家の色々な噺家さんの中でピカイチというか、超えるのは五代目の人間国宝しかいないと言ったら、小里ん師匠はテレるだろうし、小さんを襲名するのにふさわしい人なのにと言ったら、お困りになるので心の中で思っておきます。はははは。
投稿者: SARU | 2006年10月11日 02:01
日時: 2006年10月11日 02:01