2010年03月20日

お彼岸

今は春のお彼岸の真っ最中である。そんな折、昨日はお墓参りに行く。ほんとうはもっと先にしようかと思っていたら、ばあちゃんが急に今から行こうと言い出した。今日はいい天気だから、明日、明後日になるとわからないからということらしい。急きょ、ばあちゃんと嫁さんと3人で昼近くに家をでる。

家の近くのいつもの花屋で花を買って、まずはぼくの父親の墓にいく。昨日は、ぼくの嫁さんの父親の墓と、ばあちゃんのお姉さん、ぼくにとってはおばさんの墓参りも一緒にするという墓参りのハシゴである。

実は、うちの嫁さんの父親の墓は、ぼくの父親の墓と同じ寺にあって、ほんと斜め向かい同士なのである。その墓がある、鎌倉の材木座の妙長寺へ向かう。中日や休日の前だったので空いている。

そのあとは、おばさんの墓がある逗子の延命寺に行く。おばさんは2005年に92歳で亡くなっている。ばあちゃんにここでお参りしたので、命が延びるよといったらすごく喜んでいた。同じように墓参りに来ていた84歳のおじいさんと話込んでいて、いまおいくつですかと言われもうすぐ89歳ですといったらお元気ですねと言われ喜んでいた。

そのあと、せっかく逗子まできたのでということで小坪漁港で新鮮な魚を買う。ここは獲れたての魚が安く買えるので遠くから多くの人が買いに来る。ただ、そこのお兄さんやおばさんがこわいのでさっさと買うこと。

そのころはもう昼をだいぶ過ぎたので昼飯を食べるところを探さないといけない。急に飛び出してきたので、あてがないので帰り道になる鎌倉プリンスホテルに行くことにする。土日は詰まってしまう134号も比較的空いていて海を眺めながらのドライブ。

鎌プリで江の島を見ながら食事して、途中さらに野菜を買って帰る。結構しんどかった。案の定、今朝のばあちゃんはああ疲れた今日は一日じっとしていようと言っていた。

2010年03月19日

恋愛小説

なぜこの映画を観ようと思ったのか忘れてしまったという変な話である。というのもDMMで旧い映画をウィッシュリストに載せたのが届いたというわけである。森淳一監督の「恋愛小説」はそんな映画である。金城一紀の原作を映画化したものである。

そんなわけで、大したことはないかもしれないと思いつつ観ると、意外とと言ったら失礼だがこれがおもしろかった。主演は、自分が好きになったり愛するとその人が死んでしまうという運命をもった大学生を玉木宏、その彼を愛した女子学生を小西真奈美、その狂言回し的な役の池内博之である。

その変わった運命を持つ青年は、子どもの時から死神と呼ばれて、結局両親も自動車事故で亡くなってしまい、そんな子だったので親戚中をたらいまわしにされる。やっと、高校生になって、親が残してくれた大邸宅に一人で住むようになるが、相変わらず他人との接触を避け、孤独な生活を送っている。

そんな時に語学クラスで一緒だった池内博之扮する学生に遺産相続のための目録作りと遺言作成を依頼するところから物語が始まる。そんな奇妙なやり取りから、自閉的だったら恋愛なんかしたことはないだろうと聞かれて、いや恋愛をしたことがあると昔を語り出すのである。

それが、小西真奈美扮する女子学生との出会いから別れまでなのである。この別れは、結局死なのだが、この恋愛によって自分の運命を乗り越えていく葛藤が描かれる。

こんな設定なんかありそうもないと思いつつ観ているとだんだんひきこまれていく。閉じた心を一生懸命開かせようとする女子学生とそれに応えようと徐々に変わっていく青年が撮しだされる。こういうのって、どこかヨーロッパ映画的な雰囲気でよかったですね。

まあ、小西真奈美の「のんちゃんのり弁」もいいけど、こちらの可愛さはまた別のよさがあります。
  

2010年03月18日

数式を使わないデータマイニング入門

本を出版するときには必ず想定読者というものを考える。というのも万人に受けるものなんかなかなか書けるものではないから、ターゲットを絞った方がいい。そこを見たときこの本はどん読者を想定しているのだろうか。

岡嶋裕史著の「数式を使わないデータマイニング入門」(光文社新書)である。内容は、データマイニングといって、多くの情報の中から有用な法則を見つけ出すことを、難しい数式を使わずに解説しようというものである。

といういことは、専門家向けというより、一般の人たちに分かりやすく説明しましょうということなのだが、そうだとすると一般の人たちはこんなことに興味があるのだろうかと思ってしまう。だから、どうしても中途半端になってしまう。

データマイニングで有名な話は、紙おむつとビールの関係で、紙おむつを買う人が一緒にビールを買う確率が高いという相関が分かったので、紙おむつ売り場の横にビールを並べたら売上が伸びたという話である。

まあこの話が何度も出てくるのだが、手法として、回帰分析、決定木、クラスタ分析、自己組織化マップ、連関規則、ニューラルネットがあって、それぞれについて簡単に説明される。この程度だとああそういうものがあるんだなくらいしか分からないのではないだろうか。

どうもこの著者の本は以前にも「ウチのシステムはなぜ使えない」を読んだときにも思ったのだが、やさしく説明しようとする意識が強く、きちんと本質的なところをやさしく書いているならいいが、簡単にしてしまっているように思う。簡単にというのとやさしいというのは同じではない。

この本の冒頭でデータマイニングと統計分析とは異なると書いてあって、従来よくやられていた統計分析は小さい情報量から世界を知ろうとする試みなのだが、現在は逆に非常に多くの情報を対象にしているところが違うということなのだが、それだけかと思ってしまう。そこはあまり本質的ではないように思う。

ぼくの理解は、統計分析も普通のデータマイニング“後付け”の方法で、起こったことの分析であると思う。このブログでも何回か言ったが、「死体解剖」なのである。ところがこの時代に求められるのは「生体ドッグ」で、今何が起きていて、どういう対処をすべきかを即刻提示できるダイナミックなデータマイニングであろう。
  

数式を使わないデータマイニング入門 隠れた法則を発見する (光文社新書)
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2010.3.15
  • 岡嶋 裕史
  • 新書 / 光文社
  • Amazon 売り上げランキング: 129591
  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 2 データマインニングの用語がわかる
    • 5 データマイニング初心者へ。短時間で概略を理解できます。
    • 3 なんとなくのデータマイニングを理解できる
    • 3 データマイニング??
    • 5 データマイニング=サンプリングなしの統計分析
Amazon.co.jpで詳細を見る

  

2010年03月17日

業務システムの再定義-まとめ(12)

Whatを効率的に構築するためのHow(技法・作法)を考える-その2

前回、どうやって業務システムを作るのかについて、4つの道具を使って作る方法とその道具そのものをどう作るかになると書いた。この後者については、かなりシステム寄りになりここで説明するのも難しいので、それができたという前提で話を進める。

その道具はスーパープログラマに作ってもらうわけですけど、道具のもつべき機能はちゃんと定義してあげなくてはいけないので、そこについては設計のところでおいおい説明をしていく。

4つの道具をおさらいします。それはつぎのようなものでした。

1. Process Designer  ・・・アクティビティの定義とフロー設定
2. Activity Setup   ・・・案件ごとのアクティビティの要素パラメータの設定
3. Process Overview ・・・プロセスの稼働状況一覧
4. Decision Workspace・・・コラボレーションによる意思決定とデータ入力

Howの大きな流れは、プロセス設計、データ定義、アクティビティ詳細設定といったところになります。ですから、1と2の道具を使って作っていきます。3と4はオペレーションのための道具になります。

すなわち、Process Designerでプロセス設計とデータ定義を行い、Activity Setupでアクティビティ詳細設定を行うわけです。そして、原則コードは書きません。

ではそのプロセス設計のところから入っていきます。業務プロセスをどういう単位で捉えるかは重要なことですが、以前議論したように、ここでは依頼があってそれに応えるまでを一つの単位としています。またヒト・モノ・カネの出入りがあった場合はそこで切るようにしまう。例えば、注文をもらってそれに応じた商品を出荷して納品するというプロセスと代金を請求して回収するプロセスは分けて別プロセスとします。

従って、最初にやることはプロセスの始点と終点を決めることです。どんな依頼があって、それに対してどんな返し方をすればいいのか、あるいはこのデータを作るために何をどうやって決めていくのかといったことを特定することをします。

それが決まると、その間を埋めていくことになります。そのとき、すぐに詳細を詰めるのではなく、全体を俯瞰することが大事になってきます。そこで「コンテ」の作成を行います。「コンテ」というのは映画を作るときに使う絵コンテをメージしてください。映画には脚本があって、シーンがあってカットがありますが、このカットを並べたものをいいます。

Kailasでいうコンテは、業務・仕事のあらすじを表したもので、業務プロセスの構造で見てきたように依頼(起)、依頼受付(承)、意思決定(転)、報告(結)で構成されています。そして、それらを記述するためのシートがあり、そこに記載していきますが、その作法は次のようになります。

1.プロセスの始点と終点を先に決めます。
  ・顧客接点のプロセスの場合は始点を先に決めます。お客さんの要求が最優先となります。
  ・内部プロセスの場合は終点を先に決めます。最終的に決算書(BS/PL)に繋がることを意識します。
2.依頼の内容から、何を決めて、何を答えればいいのかという見方で、意思決定することを決めます。
3.その時、どんな情報を参考にして意思決定するのかを書き出します。
4.最終の報告は、依頼に対する答えを揃えることになります。

次回からは、アクティビティの詳細設定についてみていきます。


%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86.jpg

  

2010年03月16日

人間失格

これは、生田斗真の映画である。何しろ、本の累計売り上げが夏目漱石の「こころ」と最高記録を争っているらしいから、いまでも非常に多くの人に読まれているわけで、そうなるとストーリー性とか言うことではなく、誰がどう演じるかになるからである。

「人間失格」は監督が荒戸源次郎、その主演に生田斗真が起用された。この俳優さんはぜんぜん知らなかったが、テレビの「情熱大陸」でこの映画の撮影を中心に放送されたので、実際の映画を観てみたかったのだ。

ポイントは、あの堕ちていく中でニヒルに笑う表情なのだが、その点では生田斗真はよく演じていたと思う。雪の日に喀血して仰向けになってにやっとするシーンや病院のホールで立ちながら薄笑いを浮かべるシーンなどはなかなかのものだ。

それと何と言っても彼を取り巻く女優陣だろう。こういうある意味ふしだらな男はなぜか女にもてるのだ。これは太宰治の自伝的な色合いが濃いので、太宰自身も女にもてた。さて、その女優陣は、寺島しのぶ、石原さとみ、小池栄子、坂井真紀、室井滋、大楠道代、三田佳子という豪華というかバラエティに富んだ面々である。

主人公と入水自殺を図るが自分だけ死んでしまう未亡人を演じる寺島しのぶは、ベルリン国際映画賞の最優秀女優賞を受賞しただけのことがある演技で彩りを添える。中でも出色は三田佳子であのお歳で色気むんむん発揮して、息子よりも若い主人公を抱いて寝るなんて、まるで実生活を彷彿とさせてくれる。

なぜこう深刻な小説がいまだに人気を保っているのだろうか。あの戦争前後の時代という背景では生きることへの懐疑に悶えることもあるかもしれないのだが、現代でもそうした気分があるのだろうか。

映画館では、結構若いひとも多く、学校帰りの女子高生もいた。生田人気や太宰の生誕100年ということもあるかもしれないが、小説そのものあるいは太宰治の生き方みたいなところに共感するのだろうか。ここのところ太宰治の作品が「斜陽」「パンドラの匣(はこ)」「ヴィヨンの妻」と立て続けに映画化されているので、いくぶんはそうなのかもしれない。

ただ、ぼくとしては今の時代にあんな男があんな生活をしたら誰も見向きもしてくれないと思うのだけど。

2010年03月15日

業務システムの再定義-閑話休題(12)

コンポーネントについて

システム構築でコンポーネントを組み合わせることを提案しているが、最近ではSOAもそうだがこうした傾向が出てきている。そこで、以前にも紹介した「イノベーションの新時代」(C・K・プラハラード著 日本経済新聞出版社)でも取り上げられているので少し見ていくことにする。

この本では、イノベーションを起こすためには、これからは「顧客経験の共創」と「グローバル資源の利用」を強く訴えているのだが、これを軸とした競争環境において、革新性を発揮するために、ICT基盤に最低限求められる要件を4つ挙げている。

要件1 業務プロセスをコンポーネント化する。
要件2 イントラネットとインターネットを介して、時間と場所を問わない利用を実現する。
要件3 データや外部システムとのオープンインターフェース。
要件4 総合的な分析力。

このように真っ先にコンポーネント化を提案している。これは、“融通の効く“業務システムには不可欠なことなのである。そして著者は、その実現のためには次のような3つのフェーズを踏むのがよいと言っている。

フェーズ1はいわゆるレガシーシステムで、業務アプリケーションごとに、データ、業務ロジック、ユーザインターフェースが独立している状態です。この状態を出発点として、フェーズ2は、ERPのようなエンタープライズソフトウエアの導入である。データ、業務ロジック、ユーザインターフェースが互いに切り離された状態で、とくにデータの一元管理が達成された。

ところが、このパッケージの導入は今言った統合化とか標準化という意味では効果があったが、まだ硬直的な構造のため柔軟性が欠け変化に弱いのだ。そこで、フェーズ3として、コンポーネントベースの業務プロセスを築く必要があると言っている。

そのコンポーネントの定義として、「業務コンポーネントとは、業務プロセスのうち何度も繰り返し実行されるサブプロセスどうしの関係性やルール、それらルールにまつわるデータ、ルールやデータを利用者に見えやすくするためのユーザインターフェースなどを指す」としている。

そして、「業務コンポーネントを合理的な順序でつなぎ合わせると、業務プロセスができる。例えば、顧客や注文などいくつものコンポーネントを用いた作業を、理屈に沿って並べれば、受注プロセスができあがる。」としている。

ただし、このコンポーネントやデータをどれくらい細かく分けるべきかについては、ソフトウエア設計者の力を借りろと言っていて、抽象論としては素晴らしいが、存外そこの設計が難しく、逆に言うとそこをうまくやれるかどうかが技術レベルを決めるような気がする。

いずれにしろ、アメリカで最も影響力のある戦略論の思想家の1人と見なされているプラハラードがこんなことを言っていて、しかもそれを実践している企業が出てきていることに感動するとともに、日本の企業(特にIT産業)もこうしたトレンドをしっかりと受け止めるべきだと強く思うのである。
  

イノベーションの新時代
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2010.3.7
  • M S クリシュナン C K プラハラード
  • 単行本 / 日本経済新聞出版社
  • Amazon 売り上げランキング: 47974
  • Amazon おすすめ度の平均: 2.0
    • 4 「個客経験の共創」と「グローバル資源の利用」の価値創造戦略
    • 3 世界的なダイナミズムの潮流、多数の企業事例はおもしろい
    • 2 事例がイマイチ
    • 1 肩すかし
    • 1 主張に新規性なし
Amazon.co.jpで詳細を見る

  
ちょっと気になったので付記しておく。このAmazonの書評を見て評価が低いことを意外に思う人がいるかもいれないが、実はそこにこそ日本の問題があるように思える。そのレビューの一部を引用すると、こう書いてある。

業務プロセスの強調についても、市場の分析や戦略策定に熱心で日常の業務プロセスに無頓着な米国企業の経営者には、インパクトのある主張かもしれないが、ミドルマネジャーが日々工夫しながら業務プロセスを精緻化している日本企業にとっては、「何をいまさら」といった印象である。
あのー、“ミドルマネジャーが日々工夫しながら業務プロセスを精緻化している”からダメなのですよ。これでは、トップマネジメントがビジネスが見えない、精緻になっているがゆえに一部の人にしかわかっていない、環境が変化してもそれに対応できないのだ。そんなことだから日本の企業でイノベーションが起きないし、相変わらず生産性も低いのである。わかるかなあ。   

2010年03月14日

政策論争のデタラメ

以前から、さまざまな議論において論点がずれていたり、論理的な意見より情緒的な意見が優先してしまうといった現象を苦々しく思っていたが、そこを的確に突いた本がある。「政策論争のデタラメ」(市川眞一著 新潮新書)である。

この本でとりあげられている論点は、環境・エネルギー、医療、教育、郵政改革、政治・行政についてである。

その問題提起は、まず、環境・エネルギーでは、いまの日本は温暖化対策に代表されるが、これは外交問題であるのに単なる精神論で対処している。こんな能天気なことを言っているうちに孤立してしまう。だいいち、欲しがりません勝つまではという風に国民に強いる環境対策はいかがなものでしょう。

ちょっと前にも、渋谷の駅で東急バスの人たちが赤い腕章を巻いて何かを配っていて、てっきりストでも打つのかなと思ったら、何と道行くひとにエコバックを配っていたのだ。気持ち悪いと感じたのはぼくだけだろうか。

医療では、医師不足と言われるが、確かに数だけでみればそうかもしれないが、勤務医と開業医のアンバランス、産婦人科、小児科の少なさ、患者のフリーアクセスなどの問題点が浮き彫りになると、本当に医師が不足しているのかは疑問となるという。

教育は、文科省の無策や中教審のいい加減さなどもあるが、何といってもこどものしつけまで学校に求める家庭の問題が大きいようだ。学習指導要領についても達成目標がないという根本的な問題をかかえているのに一向に改められない。

あと、郵政改革や政治・行政についても、深く掘り下げないで議論しているから、不思議な論争になっている面が強いことがわかる。誰かが、きちんと論点を整理して、それについて考えるようにしないとまともな結論にならないのである。

そのために重要なのは事実前提と価値前提を共有することだと思う。すなわち、データに基づいてきちんとした事実認識をすることと、そして、何が重要で、どういう方針に基づいて判断するのかといった基準のようなものが必要なのだ。

このように考えたならば、著者のいうことが至極まっとうであることがわかるし、ちゃんと提言もしていることも、ぼくも同感することばかりである。それができていない、日本の政治やマスコミのレベルの低さを嘆かざるをえない。なかなか面白いので、ぜひ常識を疑うためにも一読を。
  

政策論争のデタラメ (新潮新書)
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2010.3.12
  • 市川 眞一
  • 新書 / 新潮社
  • Amazon 売り上げランキング: 79281
  • Amazon おすすめ度の平均: 4.5
    • 5 興味深く読みました
    • 4 現状を手っ取り早く知る
    • 2 「デタラメ」と書くなら,もっときちんとした議論が必要
    • 5 温暖化抑制には原子力発電しかない?
    • 5 「提言」が優れている
Amazon.co.jpで詳細を見る

  

2010年03月13日

3月定例吞み会

一昨日は、下の息子(こう書くと何で下の息子なんだ、もう少しまともな言い方があるだろうと文句を言われるが、適当なものが見つからないのでそのままにする)と月例の吞み会をする。今回は、前回に引き続き新橋界隈にする。この子も入社2年ですっかりサラリーマンになった。

まずは、立ち飲みの「根室食堂」です。ここは少し前にテレビで紹介されていたので、うに好きの息子のために立ち寄った。JR新橋駅東口(汐留口)のロータリーの脇にあるのだが、3階までが海鮮で4階が焼き肉である。いずれも、根室から取り寄せた食材だという。

生ビール、うに、焼きカキ、ハラス、シシャモを頼み、北海道の酒をコップで追加して、小1時間で店を出る。立ち飲みなので立っているのが疲れるのである。考えてみれば客を立たせているんだったらもう少し安くせよと思ってしまった。

ここで息子から重大発表があると言う。何だろうと思いきやたばこを吸っているという話である。いままで、そんなそぶりがなかったので兄貴とちがっててっきり吸わない子かと思っていたら、灰皿をさがしだした。しかし、ぼくも45歳まで25年近く吸っていたので吸うなとも言えないし困ってしまう。ただ、45歳のある日、毎日30本くらい吸っていたのをスパッとやめた。いまもその時のたばこが残っているが、このやめ方を見ているので、そのうちスパッとやめてくれるだろう。

次は、餃子の「玲玲」である。息子が就活で疲れたときにつれていったところでよく覚えていた。特にママにお世辞だと思うが男前と言われたことがうれしかったみたいでまた言われて喜んでいた。

ここの餃子はうまい。大連出身のママが手作りで始めたもので、家庭的な味が売りだ。ぼくは、昔中国で仕事をした時に宿舎でいつも食べていた餃子の思い出が強く、日本の餃子は家で以外はあまり食べない。特に、ここの蒸し餃子と水餃子はお薦めです。これこそ本場の餃子というものです。

餃子を食べながら二人で紹興酒を1本空けて、締めの「M」に向かう。ちょっと早いがホワイトデイのクッキーを手渡す。「レザンジュ」の焼き菓子を買っていったら、息子が共同で買ったことにしてよと虫のいいことを言う。いつものEarlyTimesのソーダ割り(ハイボールとは言わない)と息子はラムでしばし歓談。

どこの店も結構なにぎわいで、ひょっとすると金曜なんかより木曜日のほうが込み合うのではないだろうか。金曜日に飲みすぎて土曜日をつぶすより、木曜日に飲んでも金曜日1日がんばれば休みだという方が心理的にいいらしい。(と息子も言っていた)

今回は、定番コースに近かったのだが、さて次回はどこにいこうかな。
  

2010年03月12日

しあわせの隠れ場所

この作品で第82回アカデミー賞主演女優賞をサンドラ・ブロックが受賞した。「しあわせの隠れ場所」である。サンドラ・ブロックといえば、「スピード」の印象しかないのだが、そういえば初受賞である。

作品は、実話に基づいたもので、ホームレス同然だった黒人少年を助け、プロフットボール選手にまで育てた家庭とその黒人少年の物語である。サンドラ・ブロックはその家庭の母親役を演じて、その優しさ、明るさ、強さなどを見事に表現した。

この黒人少年こそ、全米で誰でも知っているスター選手マイケル・オア―である。といってもぼくは知らなかったけど。フットボール派でもなく、ラグビー派でもなく、サッカー派だから。しかし、映画はこのフットボール選手の出世物語のようであるが、実はそうではなく、彼の後見人となった家族の物語であると思う。

もちろんその家族の中でもサンドラ・ブロックの母親が主役なのだが、ぼくはむしろその夫と二人の子供のほうに興味を持った。この家族は、いくつものレストランチェーンを所有する金持ちで、大邸宅に暮らしている。そんなところに黒人でしかも戻る家もないような少年を迎え入れたときにどう反応するかである。

最初はどうしても偽善的な臭いがするわけで、特権意識的な感覚で接しているうちに徐々に本当の“家族愛”に目覚めていく。その過程で、妻の気まぐれ的な行動ともとれることに対して、ティム・マッグロウ(このひとカントリーミュージックのスーパースターなんですね)演じる夫が実に寛容で包容力を発揮するのである。

また、リリー・コリンズ演じるその黒人少年と同級生となる娘は、学校での変な目線をはねかえすこの母親にしてこの娘ありといった勝気な女の子なのである。男の子は、おしゃまで可愛く、それをジェイ・ヘッドが見事に演じている。すごい子役である。

ということで、もう完璧な家族すぎて、かえって違和感を覚えてしまうが、アメリカの田舎の倫理観のある裕福な家庭というのも実際にあるのかなあと思える。家族というものを深く考えさせられるいい作品であった。

2010年03月11日

業務システムの再定義-まとめ(11)

Whatを効率的に構築するためのHow(技法・作法)を考える-その1

さて、だいぶ寄り道をしましたが、今回からはHowの話になります。これまでは、Whatを主体に議論してきましたが、そのWhatをどのようにして作っていったらいいのかいうことです。このHowはWhatによって大きく違ってきますので、初めにきちんとWhatを決めておいたわけです。

Howから入っていくと、似て非なるものや同じものを繰り返して作ったりすることになります。あるいは、人によって作り方も変わることにもなります。従来型のシステム開発は逆にこうしたやり方をベースにビジネスモデルができていたのです。すなわち、人を抱え、その人たちに仕事を与え、その工数で売り上げるというモデルですから、再利用性を高めたり、標準化して開発生産性を上げるインセンティブは乏しいわけです。

話をもとに戻しましょう。これまでのWhatの議論で導かれたものは、パターン化できるものはパターン化して、できないものは、その部分を謂わばブラックボックス化するという考え方です。マクロフロー部分(アクティビティの流れ、LAPでいうHappy Path)は定型的なのである程度パターンとしてもつことになります。

一方、ミクロフロー(アクティビティの中身、Ontologicalなふるまい)では、人間系の要素が入り込むので定型化できないので、情報共有の場というあいまいさを許容したものにし、そのインターフェースをきちんと定義して取り合うことにしています。

ということで、アクティビティの粒度とプロパティを定義しておけば、業務システムは、そのアクティビティの置き方(構成や順序)とその機能とUIを作っていけばいいことになります。

もちろんこれだけの簡単なことではありません。アクティビティの機能といっても様々ですから、それをどうやって作っていくかも問題になります。ただし、このときでも要件に対していちいちコードを書くのではなく、コンポーネントという考え方をとることが重要です。

アクティビティもコンポーネントの一種で、ビジネス機能コンポーネントと呼べるものになります。それ以外にも、システム機能コンポーネントがあります。例えば、バリデーション、検索、印刷、アカウント管理、メール送信とかいったものがそれです。

そう言うとおわかりだと思いますが、こうしたコンポーネントは一度作ったら使い回しができそうだ、あるいはどこからか持ってくればいいといったことが思いつくことでしょう。ですから、究極的にはレゴ細工のように組み立てていけばいいのです。

結局、以前に提示した4つの道具を使ってどういう業務システムを作るのかというのとその道具をどうやって作るかになります。

さて、前置きが長くなりましたが、次回からそのあたりの具体的なHowのことを議論していきます。

リンク

Powered by
Movable Type