2012年01月28日

ジーン・ワルツ

医師ものの映画も「ジェネラル・ルージュの凱旋」とか「孤高のメス」とかけっこうあるが、「ジーン・ワルツ」は「ジェネラル・ルージュの凱旋」と同じ作者海堂尊の原作になる。監督が大谷健太郎で主演の女医役に菅野美穂、共演は田辺誠一、南果歩、浅丘ルリ子らである。

残念ながら、ジーンとくる映画ではなかった。映画の公式サイトの紹介では、「崩壊の 一路をたどる産科医療に潜む闇に迫るのは、主演・菅野美穂扮する<史上最強の女医>曾根崎理恵。(中略)体制に一人立ち向かう彼女の仕掛ける大胆なる計画。そして、そこに秘められた衝撃の真相が解き明かされるとき、想像を超えるクライマックスが押し寄せる。」とあるが、何が史上最強なのか、大胆なる計画、想像超えるクライマックスと言われてもさっぱりわからない。

ストーリーは、帝華大学病院の医師の曾根崎理恵(菅野美穂)は、非常勤で廃院寸前の小さな産婦人科医院「マリアクリニック」の院長代理を務めていた。この医院の院長の息子が手術のミスで逮捕されてしまうのが冒頭のシーンで出てくる。しかし、それとはあまり関係がなくて、産婦人科医は大変だねということぐらいである。

そこの医院に通うのはそれぞれ事情を抱えた4人の女性たちで、その中にタブー視されている遺伝子技術を用いた代理母出産を行おうとしているのを、同じく帝華大学病院に勤め、教授の地位が約束されたエリート医師・清川吾郎(田辺誠一)が嗅ぎつける。この二人の関係もよくわからない。

それで、2人が医学界を改革するんだ、私は外部から、あなたは内部からだとか言っているんだが、何が問題なのかも提示されていない。そして、クライマックスは台風が襲来した日に何と3人の妊婦が同時に出産なのだ。しかも病気で歩くこともできないので伏せていたマリア医院の院長(浅丘ルリ子)が急に元気が出てきて赤ん坊を取り上げてしまう。

あり得ないでしょう。観てるものをバカにするのもほどほどにしろと言いたくなる。多分原作はベストセラーになったくらいだから、きちんと作られていると思うが、映画はテーマがテーマだけにさばききれないという力不足がありありで全くひどい作品となってしまった。これだけ、酷評するのも珍しいのだがこのできではしょうがない。
  
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2012年01月27日

男の伝言板 - 男子厨房に入る

男子たるもの厨房に入るべからずというのはまだぼくらの頭の中に残っている。最近では弁当男子なんて言葉があるように男でも料理をする。共働きの夫婦でお父さんが子供の幼稚園の弁当を作るなんてこととは当たりまえかもしれない。

かくいうわが家の次男坊はいま駒沢公園の近くで一人ぐらしをしているが、どうも自分で料理をしているし、弁当も作っているらしい。行きつけの銀座の「M」のママからうどんやスパゲッティ、あるいはおかずをもらって喜んでいる。さて、ぼくの方はといえば、ヨメサンは他人が自分の台所を使うのを嫌がるせいもあって、家で料理なんぞやったことがない。

ところが、もう20年近く前になるが4年間の単身赴任をした時はちょっとやったことがある。社宅を借りてくれたのだが、いちおう食事は隣接の独身寮で食べられるようになっている。最初は、そこで食べていたのだが、問題は予約をしておかないといけないことで、きちんと帰ってくればいいのだが、だんだん会社を出ると飲み屋に直行なんてことが増えてくるとキャンセルばかりとなる。

そうなると、一回の食事代が倍もすることになりばからしくなって寮で食べるのをやめてしまった。社宅は普通に家族が住むところだからもちろん炊事ができるようになっている。飲み屋に行かない時は(めったにないが)、とりあえず刺身だとか、コロッケだとか、冬は鍋セットだとかすぐに食べられるものを買ってきて済ませていた。しかし、帰郷しない土日なんかは時間がたっぷりあるから料理でもしようかとなる。

そして、持ったこともない包丁や下げたことがない鍋を手にする。その時の得意は“煮物上手“で作るいか大根だった。でも作り過ぎて飽きる。あるとき何を思ったか、ボルシチを作ろうと思い立つ。タマネギ、ニンジン、キャベツ、牛肉、ソーセージなどを買い込みぐつぐつやったのはいいが、ちょっと油断していたら焦げ臭いにおいがするではないか。ものの見事に真っ黒焦げで、それ以来刺身とコロッケに戻ったのであります。

ところが、最近料理をし始めたのである。以前からぼくの母親の家の応接間を事務所代わりに使っていたが、その母親が昨年秋に老人ホームに入ったのでぼくひとりになってしまった。ぼくの食事は朝と夜はヨメさんが用意してくれるのだが、さすがに三食みなというのも可愛そうなので、昼は外食(社長と一緒にというケースも多い)というのがパターンであった。

ところが、台所が自由に使えるのだ。なら自分で作ろうかなと思っていた矢先に、知り合いの工務店の社長から郷里の鹿児島の米だといって5キロの新米をもらったのだ。よし、これからは自炊だと決心してみた。というわけで、ここのところ家にいるときはほとんど自分で作っている。昨日は、アジを買ってきて、塩焼きとなめろうを作り、これまた作り置きの豚汁と野菜いためを食べた。うまかったー。

ここで役に立つのが「COOKPAD」http://cookpad.com/ です。めちゃくちゃレシピが載っているので、好きなように、あるいは手元の材料に合わせて選んでいける。昔だと、料理本を買ってくるか、テレビの料理番組をメモするくらいだったのにずいぶんと便利になったものである。ぼくは、洗いものをするのが苦にならないから(子どもが小さい時やらされたので)、だんだん、凝りだしそうな気配だ。
 

2012年01月26日

あなたイズム

以前、「「応援したくなる企業」の時代」(アスキー新書)という本を紹介したが、同じ博報堂ブランドデザインというコンサルタント集団が書いた本「あなたイズム」(アスキー新書)を読む。副題が、“ムリなく、自分らしく、でも会社に愛される働き方“となっている。

いまは、社会人の3人に1人が現在の仕事に対して「つまらない」と感じているという。仕事だからつまらなくてもがまんしてやるものだとか、仕事っておもしろくないんだよねといった意識は昔からあったけど少なくとも高度成長期にはこんなに多くはなかった。

そんな感じを持つ要因には二つあるという。ひとつはその人の「適性」や「志向性」が合っていないこと。もうひとつはその人の「スキル」や「才能」が合っていないことがあげられる。個人の「志向性」が合っていなければ、その仕事も職場もつまらないし、「スキル」や「才能」がフィットしなければ、結果が出ず、やはりつまらないからである。

そして、著者は「志向性」と「スキル」が合わさったものが個人の“持ち味”であるという。個人もそうだが、組織にも同じように“持ち味”がある。それを組織の「らしさ」と呼んでいる。この「個人の持ち味」と「組織らしさ」の接点を見つけることが大切だと言っている。個人と組織のらしさの接点にある価値観を行動指針とすれば、自分の持ち味を活かしながら組織の貢献できることになる。

この行動指針を「イズム」と定義している。昔と違って自分の持ち味を前に出せるようになったし、また組織も企業理念などでらしさをだすようになってきたと思うが、現実的な眼で見てしまうと、うまく接点をみつけられたらいいが、もし見つけられなかった時はどうしたらいいのかと考えてしまう。

入る時にイメージしていた会社がいざ入社したら違っていてどうしても合わないなんてケースはよくあるわけで、そうした場合日本の社会で労働市場が硬直化しているから、「イズム」を発揮できる別の会社への転職もままならないという事態が問題なのである。理想論としてはあり得るかもしれないが、実際問題、結婚と同じようにぴったりとはいかないと思うので、そうしたことをやり直す、あるいは修正できる機会を作ることも同時にしていかなくてはいけなのだろう。

本の終わりの方で3人の人と対談をしているのだが、これがおもしろい。明治大学教授の野田稔は元野村総研でコンサルをやっていた経験から、自分のまわりに辺境を作り続けたというのが印象的だ。「変わった人と組む」ことで偶然が起こりそうな状況を計画的に作ることだそうだ。

元早稲田大学ラグビー部の監督の中竹竜二は、ビジョンへの行動指針が自分のスタイルでそれを持てと指導したという話は説得力がある。彼の言うスタイルとは、どんな逆境でもこれだけは譲らないという軸を意味するという。そして、このスタイルが確立している選手をレギュラーにしたという。監督は、うまい、強い選手だけを選ぶわけでななく、個性的なスタイルの集合体としていちばん機能する選手を選ぶのだそうだ。これはよくわかる。

最後は、あの星野リゾートの星野佳路で、旅館やリゾート施設の再建をする場合、総支配人を送り込むそうだが、その総支配人の条件が、3つあって、まず明るくて前向きなこと、2つ目が、コミュニケーション上手なこと、そして3つ目が判断力なのだそうだ。最後の判断というのは正しい判断をすることではなく、材料が揃わなくてもとにかく判断するということだという。このあたりはおもしろいですね。アジリティが大事なのですね。

ということで本で言っていることはある意味当たり前な組織論なのですが、まだまだ日本の企業のなかで実践しているところは少ないように思う。それは、終身雇用や年功序列の弊害が残っているからなのかもしれない。
  

あなたイズム ムリなく、自分らしく、でも会社に愛される働き方 (アスキー新書)
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2012年01月25日

ブログのリニューアル

このブログも2006年から始めたのでもう5年半も経ちますが、このたびリニューアルしました。リニューアルといっても内容が変わるわけではなく、見栄えを変えたのと関連記事とかソーシャルネット対応とか少し機能を追加しました。

また、このブログではIT関係のものとその他が混在していましたが、分けることにしました。以前もそうしたのですが、徹底できなかったのでwaditのホームページのリニューアルに合わせて(もうすできます)IT関連は、「wadit.blog」のほうに移行します。

ということでこれからもよろしくお願いたします。再出発を記念して(おおげさか)今日の富士山を載せます。裾野の方まですっかり真っ白になっています。

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2012年01月24日

日本企業にいま大切なことを見直す(3)

「日本企業に いま大切なこと」(野中郁次郎、遠藤功著 PHP新書)から自分なりに日本企業にいま大切なことを考えるシリーズの第三弾は“傷ついた日本の「暗黙知」と「現場力」“である。本では、前章で遠藤氏が「経験もないのに仮説なんか考えても意味がない。まずは現場に行って何かを感じてきなさい」と日ごろ若い人に言っているという話題から入っていきます。

野中氏も仮説とは身体的経験から生まれるものであって、論理的な分析から仮説を立てる人は、それが現実と合致しなかったとき現実のほうを否定しがちになると戒めています。しかし、ぼくはちょっとした違和感があって、すなわちこの場合の経験とは何かということ、仮説を立てようとしている領域での経験を言っているのかそうでないのかが気になるのである。

もし、対象領域だけで言っているとするとそれは違うのではないかと思う。仮説が経験値に縛られ発想が狭くなる危険があるように思うからである。つまり、誰でも何らかの形で経験を積んできているわけで、それがたとえ異った領域であっても貴重なあるいは有為な経験をしたことが重要であって、それができた人はどこでもよい仮説を立てられると思うのである。むしろ、越境の発想として良い結果を生むだろう。

ちょっと話がそれたが、野中氏はマイケルポーターの5フォースなどのような「科学的」な競争戦略からはイノベーションは生まれないと考える人が出てきたと言っている。そしてイノベーションは平凡な日常からしか生まれないとも言う。すなわち、理論に基づく論理分析で「正解」を導き出す演繹的な手法ではなく、個別の具体的な現実から出発し、間違いを恐れずに新しい理論をうちたてようとする帰納法を薦めています。

多くの発明や発見は、論理的な分析がもたらす形式知から生まれるものではなく、経験から得た深くて多様な暗黙知とビジョン達成の強い思いをもち、新たな関係性を考えぬくことから生まれるという。そこで日本の強さを発揮するべきなのだが、この暗黙知がだんだん失われて行くのを心配している。

ただ、大方は賛成なのだが、世界のソフトウエア業界などを眺めてみると経験から得た深くて多様な暗黙知とはあまり関係がなさそうに思える。むしろ、ぼくは日本人のコンセプト形成力のなさを痛感する。コンセプト形成力というのは演繹的に概念化する能力でそれがないために欧米のソフトウエアの後塵を拝していると思う。

遠藤氏は「現場力」の再強化を訴えている。トヨタのリコール問題を例にグローバル化に伴う品質問題を指摘しています。それを避けるために「体格」ばかり追求するのではなく「体質」で勝負することを心がけるべきだという。確かに、日本の現場力は昨年の大震災でも大いに発揮されたし、現場力が強い企業が結果的に生き残っているように思える。

ただ、同じことの繰り返しになるかもしれないのですが、現場力だけではダメでそれを空回りせずに有効に威力を発揮させるためには、「本部」力とか、科学的、論理的な態度もあってこそ可能なので忘れないでほしいと思うのである。
   

  

2012年01月23日

IT再考-家電化

しばらく「生命を捉えなおす」から考えるというシリーズで書いてきたが、一旦ちょっと休んで別の話題で書いてみようと思う。業務システムの実装ということについて考えてみたい。これまでは要件定義に従ってプログラミングをして作り上げるケースが多かったが徐々にできあがった業務アプリケーションが出てきて、一部はわざわざコードを書かないでもよいということが起こってきた。

このことはすごくよいことで、何がよいかというともちろんプログラミング工程がはぶけるということもあるが、大きいのはシステムの品質が確保されていることだと思う。つまり、製作時のテストも入念にできるし、多くのユーザーに使われることでバグ出しなどの不具合の修正が終わっているから安心して使える。スクラッチで開発したものは、時間に追われることもありテストや手戻りで大変である。

ですから、究極には業務システムをそうした個別アプリを組み合わせて、あるいは機能付加して組み上げて作れるとうれしいのだ。ノンプログラミング開発であるが、プログラミングの自動生成ではなく、むしろプログレスシステム構築と言った方がよい。開発という意味合いより構築である。DevelopmentではなくConstruction とかAssemblingという感じである。

この流れの行き先は業務アプリケーションの家電化だと思うのですがいかがでしょうか。ただし、単純なデバイス的な意味だけではなく幅広くとらえています。例えば、家電というのは、快適な家庭生活を送るために必要に応じて、あるいは経済的な事情も加味して買っていくわけです。そして何よりも自分たちのライフスタイルにあったものを選択していきます。

その時、自分たちのライフスタイルを、そして使いたい家電をコンサルタントを頼んで設計するでしょうか。それと同じように企業経営、事業運営も自分たちで決めてその結果としてのビジネススタイルを実現するための電化製品を買うという風にならないのかと言っているわけです。

ですから、ビジネスにおける洗濯機、掃除機、テレビ、冷蔵庫は何なのかを考えてみたいのです。家具とかインテリアとは違う家電なのです。ある特定の活動を助けてくれるものを家電と呼んでいるのです。例えば、汚れたものを洗うという洗濯機に相当するのがクレーム処理アプリであったりする。

家電化と言っていることで大事なことは何かというと、使える道具、使われる道具から選択するということがある。つまり、家庭で買う家電は使ってみたら不具合があったとか、想像していたものと違ったということはほとんどないから、ムダな費用が発生しない、だいたい期待通りの効果があげられる。

では、今の業務システムはどうなのかと考えると、多くのシステム開発における成果物が実運用にさらされた時に使えないあるいは使ってもらえないという結果になっているという報告がなされている。それは、家庭でいえば、家の中のゴミを取ってくれる道具を作ってくださいと頼んで、何ヶ月か経って掃除機という装置が届いたが、使ってみたら大きなゴミはいいが小さいゴミがとれなかったといったような話なのである。

家庭の世界ではそんなことはあり得ないわけで、企業とか業務システムの世界でも家電のように出来合いのものをさっと持ってきて、取扱説明書もろくに読まなくてもコンセントに差し込む(ダウンロード)とすぐに使えるようになってほしいと思うのである。

クラウドのめざすところはそこではないかと思うのである。そのとき忘れてはいけないのはユーザに使ってもらえるものを作ってそれをクラウドに置いておくということで、従来のようにシステム屋がはいこんなものを作りましたよではダメなので、そこの発想を転換しなくてはいけないのだ。
  

2012年01月22日

話題の映像

あまりテレビを見ないのだが、それでもビビッドなニュースをネットでみることができるのでありがたい。便利な世の中になったものだ。最近話題になった映像について書いておこうと思う。ひとつは、橋下徹大阪市長と山口二郎北海道大学教授とのテレビでの論争と芥川賞を受賞した田中慎弥の記者会見の模様である。

もうかなり話題になったので皆さんご存知で二番煎じになるかもしれませんが、おもしろかったので感想も含めて紹介しておきます。前者のほうは、だいぶ前になってしまうのですが、今月の15日に放送されたテレビ朝日系「報道ステーションSUNDAY」で行われたもので、もうこれは橋下徹の圧勝というか、山口二郎がみじめなくらい徹底的に打ちのめされてしまった。

だって、橋下市長は現状をきちんと分析し、問題の所在がどこにあってそれを改革しなくてはいけないと言っているのに対して山口教授は具体的な事案に反論するのではなくで気分的な言い回しに終始していてかみ合わないのである。学者さんは現実を知らないのにとやかく言うのをやめてくれませんか言われてはなす術もない。

まあ、その論争でおもしろかったのは、山口教授が今のままでも改革はできるというのに対して、仕組み自体を変えないとできないという橋下市長の主張のまっとうさで、何でもそうなのだが、Howばかり論じていっこうに変えられないとなるとWhatを変えない限り無理だということなのだ。サヨク系の先生なのに守旧的な意見でがっくりくる。橋下の意見は当たり前のことなので反論できないのは当然かもしれない。

もうひとつは、これは受賞者の記者会見の態度がひどいという意見とあのくらい尖っていてもいいじゃないかという論争である。確かに、ふてくされた言動は普通には不興を買うのだが、作家であるし、まだ若いし、あのくらいはいいのではないかというのがぼくの感想である。石原慎太郎にかみついているが、石原慎太郎の「太陽の季節」の頃だって、表現は違っているがもっと尖っていただろう。

世の中みな優等生づらしたものが評価されるとか、マスコミの期待像に持ち込もうとするひどい記者会見(恩師のかたとから賛辞が贈られていますがそれに対するコメントをという質問に、それは絶対にウソです。ぼくは嫌われ者でしたからと答えたのには吹いた)とか、こうした既成のレッテルをはがすことも必要なのではないかとふと思ったりした。今後は記者会見の態度がどうのではなく作品で話題になってくださいね、田中さん。
 

2012年01月21日

エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン

食通の人やスペインに興味のある人は知っていると思うが、世界中から予約が200万件来るが、席が45席しかなく、しかも半年しか開いていないのでおそろしく予約を取ることが難しいレストランがある。スペインのカタルーニャ地方にある三つ星レストランの「エルエル・ブリ」である。「エルエル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」は、そのレストランを追ったドキュメンタリ映画である。

ぼくはそんな食通でもないし、料理にこだわりとかもないのだが、この映画を見てほんとうに驚く。主役は、レストランそのものというより、オーナーシェフのフェラン・アドリアである。それと彼に率いられたスタッフである。エル・ブリを有名にしたのは、毎年同じものを出さないという創造性豊かな料理である。

どうやって生み出すかは、そのための準備にカギがある。映画は、店から調理用の器具をバルセロナにある料理研究用の厨房に運ばれるシーンから始まる。つまり、その年に出す料理を半年かけて調査・研究するのである。その様子がまたすごい。様々な素材に対していろいろな調理法を試すのである。そのとき、フェランが言うのは、レシピを考えるな、素材の良さだけを見つけろである。そして、おいしさより驚きだという。

さらにびっくりさせられたのは、それらのデータベース化である。おもしろいシーンがあって、スタッフのシェフが実験した結果をPCに記録することになっているが、データを消してしまったときフェランが激怒する。なくしたスタッフは紙に書いてあるし、コピーもとってあるからいいじゃないかと言うのだが、フェランはデータとして保存しておかないとダメだとわめく。

要するにそれだけ膨大なデータを取得して記録することでそこから新しい料理のアイデアを引っ張り出しているのである。紙だと枚数がどんどん増えてきてどうしようもなくなるからだという。それとか、液体窒素を使うとか、料理というものの概念が変わっているのがわかる。料理人の腕でさばくという職人芸ではなく、芸術だという人もいるが、ぼくにはサイエンスあるいはプロジェクト管理だと思えてくる。

そうした実験を経て、多くの新作料理を編み出し、営業を開始する。何しろ1回に30も40もの料理を出すわけだから、寸分のミスもなく作業しなくてはいけないので、掃除をする人からウエターや調理人を訓練する。このあたりを見ていると一大プロジェクトだと思うのである。

普通のプロダクト開発のプロジェクトと同じで、デザイン思考で新しいプロダクトを開発し、それを作り出す、そしてメンバーの役割、スケジュールをきちんと決めて管理する、そんなシーンが描きだされる。例えば、映画では創作と調理はちがうということを強調する。だから、フェランは創作をするが調理はしないのである。

ただ、「エル・ブリ」は2012年、2013年は休業するそうだ。まあ、これだけ創造を続けたら疲れるだろうと思う。料理という世界から、もっとクリエイティブなプロジェクトはどうやるのかといった汎用的な世界を見ることができた。ということで、映画評ではなく料理プロジェクト評になってしまったが、是非ご覧になることを薦める。

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2012年01月20日

暴力団

別にぼくは暴力団に入っていたわけでもなく、知り合いもいないし、仕事に関係していないから、そのことに詳しくなる必要もないのだが、多少は興味があってその手の書き手としては一番の溝口敦が書いた「暴力団」(新潮新書)を読む。

暴力団って、ヤクザと違うのかとかマフィアと同じなのかとかやっぱりわからないことが多いですよね。定義があって「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員も含む)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体をいう」のだそうだ。その暴力団は全国でどんなものがあるかが分かっているのでそれを指定暴力団といって、全部で36,000人くらいいるそうです。その頂点に立つのがご存知山口組なのである。

映画などでずいぶんと暴力団も描かれているので何となくその存在を肯定してしまっていて、あるのはしょうがないから関わり合いだけは避けたいと思うのではないでしょうか。しかしながら、犯罪を行うことを目的としている団体が公然と存在していること自体が不思議なような気がする。ここが、マフィアのような海外の組織とは違うところなのだそうだ。この公然性と非公然性という大きな相違がある。

アメリカの犯罪組織は徹底して秘密で地下に潜行して実態が分からないのである。ところが日本は、街の中に組の看板かけた事務所があったり、テキヤとかやくざとか極道と言われてけっこう表に出ている。しかし、日本の暴力団もいまやどんどんその勢力は衰えてきて、暴力団もつらいよというのが現実なのだそうだ。

暴力団を取り締まるのはまずは刑法がありますが、最近は「暴力団対策法」や「組織犯罪処罰法」といったものもでき、また各地で暴力団排除条例が施行されたりしている。暴力団というだけでアパートも借りれなくなったり、銀行口座も作れないし、子分が恐喝をしてその場にいわわせなくても親分が捕まってしまうとかいった締め付けが相当厳しいようだ。しかも、経済的にも苦しいとなると組員になる魅力がなくなっている。

ただ、繰り返すが暴力団という組織犯罪集団の存在を認める法律を持っているのは、世界の中で日本だけだというのに驚かされる。存在を否定すればいいものをどうして温存するのかと思うと、警察との腐れ縁みたいなことがあるのではと勘ぐられ手もしょうがないかもしれません。少なくとも、暴力団がなくなると、警察の捜査第4課や暴力団対策室の刑事は仕事を失うわけだからと思ってしまう。

しかし、存在そのものが否定されたら、地下に潜るだけかもしれないし、六本木の例の暴走族OBみたいなのがのさばってくるのも困るわけで、とまあ世の中の必要悪なのかもしれませんが、そんなことより著者も言うようにもう暴力団は構造不況業種だから存外市場原理で退場していくのではないでしょうか。



2012年01月19日

男の伝言板 - 行きつけの店

前回に酒呑みの老人の話をしたが、その延長で行状記を書いてもいいのだが、それは屁のツッパリにもならないのでもうちょっと生産的なことを書く。どんなところに呑みにいくのかという話である。「酒呑みの自己弁護」を書いた山口瞳が「行きつけの店」(新潮文庫)という本を著している。その本の帯には、“行きつけの店は、文化である。修行の場である。学校である。”と書いてある。

ぼくはかなり飲み屋で鍛えられた。若いころは先輩に呑み方や酔い方を教わったというか、見せつけられた。もちろん、見習うべき人もいたが反面教師もいた。むしろ、反面教師から学んだことの方が多いような気がする。普段おとなしいのに酔うと暴力的になる人、説教を始める人、愚痴ばかりこぼす人、怒りだす人と酒癖が悪い人は数多く見てきた。

そんな人とはあまり深入りせずに適当にあしらう術を身に付けた。たまにけんかになることもあるがさっと逃げることにしている。さすが行きつけの店ではほとんどそういった人も少ない。いやそういうことがないから行きつけになるのである。でも客筋が悪いところもあって、チンピラとトラブルになって危なかったこともあった。あら、これでは行状記になってしまうので話を変えよう。

ぼくの若いころというのは三重県四日市という街で呑んでいたわけだが、その頃は工場がいっぱいあってしかもみな活気があった。何にしろ先日の高校サッカーの決勝戦で四日市中央工の校歌が流れたと思うが、その中に「工都 我等を生かし 我等 工都を生かす」とあるくらいですから工業が盛んであって、労働者がたくさんいたので当然飲み屋も多い。

当時、日本で人口当たり一番飲み屋が多い市はどこかという話題があって、その答えが徳山市(今は周南市になった)だったが、ここも石油化学コンビナートの街だから、四日市はその次ぐらいかもねと言うくらい多くの店が軒を連ねていた。今は見る影もないほど閑散としている。

そこでの行きつけの店は、小料理屋、居酒屋、スナック風バー、すし屋、中華料理屋といったところで、みな個人経営の店で、今のようなカラオケとか居酒屋チェーンはほとんどなかった。まずは、小料理屋か居酒屋で呑んで、そのあとスナック風バーで女の子をからかって、最後はすし屋、中華料理屋でお腹を満たすというコースである。すし屋ではもう店が閉店するまでいて、そこの見習いの若い子が練習で握るすしを食べるのである。

小料理屋の女主人のおばさんとは家族のようなつきあいで、みないろいろ面倒を見てもらった。お嫁さんを世話してもらった人もいた。その店で知り合った大学の先輩が、他の飲み屋の女とドライブに行って事故で亡くなったという悲惨なできごとにもめぐりあった。そういう意味では、居酒屋チェーンのような飲み屋では味わえない濃密な時間を過ごしたような気がする。

東京に来てからは、やはり地方都市とは違ってべっとりとしたことは無理で時々訪れるだけになる。それでも、なじみの店は何軒かできる。今でも続いているのが、さかな料理屋、中国料理屋、小料理屋、焼き鳥屋、バーといったところである。場所はどうしても通勤経路であった新橋近辺ばかりになる。東京に通っていた時はなかったが、最近は家の近所にも行きつけの店が数軒できた。

ただ、毎日勤めに出ていた時とは違って、たまに外に出るので行く店も限られてくる。今一番よく行くのはこのブログでもたびたび登場する銀座のバー「M」である。ぼくはひとりで呑むことが多いが、この店でもひとりで止まり木に腰かける。それでも、マスタ夫妻や女性バーテンダーのKちゃんとのおしゃべりや、お客さん同士の会話も楽しいのである。この間も、隣に座った人の奥さんとぼくのヨメさんが高校のバレー部の先輩後輩だったことがわかり大いに盛り上がった。

もうずいぶんと通っているので、ぼくが落ち込んでいたときも知っているし、ぼくの家族のことも話題になる。下の息子とは定例としてここで一緒に呑むことにしている。そんなほっとする場所がいくつかあると酒呑み人生も楽しくなる。行きつけの店は修行の場であると同時に“癒しの場”でもあると思う。
  


プロフィール

和田正則。1948年神奈川県鎌倉市生まれ。 大手総合化学メーカーに勤務後、定年前に親子で (株)ワディット 創業。シニアITコンサルタントとして、プロセス中心アプローチによる業務システム構築の普及に努めている。

団塊世代の真っ只中ですが、何を言われようともまだまだがんばります。お楽しみはこれからだ!

IT関連のブログも執筆していますので、そちらも見てください。

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